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proof of life
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「ぺけ」


俺の声に、ぴたりとその歌声は止んだ。

「そろそろ中に入らねば、体に障るぞ」

今日は一段と冷える。まだ季節は初冬だというのに、雪でも降りそうな空模様だ。

「また歌っていたのか」

一向にこちらへ戻ってくる気配のないその背中に、俺は仕方なく歩み寄った。

「マサ」

背後から車椅子の手元を覗きこめば、ぺけは空へ向かってその白く細い手を伸ばしていた。

「冬だね」

息が白く冷たい大気に踊る。
そう言ってこちらに微笑みかけるぺけの掌には、儚く光る白い欠片があった。

「…初雪、だな」

道理でこんなに寒いわけだ。
俺がそうつぶやいた途端、次々と空から降りてきた雪が俺たちを包んだ。


ぺけはもともと体が弱く病気がちだった。
それでも自分の夢だったアイドルの世界を目指し、早乙女学園へと入学。
そしてそこで俺たちは出会い、恋に落ちた。無論それは許されるものではなかったが…。
それが3年前。

「しかしぺけ、気持ちはわかるが…医者からも言われているだろう。体に負担になるようなことは控えるようにと」

彼女は歌うことが好きだ。今も昔も変わらない。そして、彼女の歌声は何よりも美しい。それも、昔から変わらない。
変わらないものはたくさんある。
そして同時に、変わったものも。

「うん…ごめん。雪が降りそうだなって思ったら、つい」

先ほどまでぺけが歌っていた歌は以前にも聞いたことがあった。
『貴方の唇に触れて解けた雪を、どうか私と思ってほしい』…。確かそんな歌だ。
切なく哀しい歌であったことを思い出し、自分の表情が曇るのを感じる。間違っても、雪と自分の姿を重ねるなどしてほしくはない。

「私…まだあったかいんだね」

そのつぶやきにぺけの顔を覗き込むと、ぺけは自らの掌をじっと見つめていた。
どんどん降り積もっていく雪が、その上で解けて滴に変わっていく。

「このまま…時間が止まればいいのに」


どこかおどけたような声。けれど、確かに切実な響きを帯びた声。
誰にともなくそっと囁くぺけの頬が、見えない滴で濡れている気がして…。
俺は何も言えず、その目元をそっとなぞった。
ああ、こんなに冷え切って…。

「…さあ、そろそろ部屋に戻ろう。本当に風邪をひいてしまうぞ」

そしてぺけの車椅子を押し、俺たちは彼女の病室へと向かった。





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