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□傘に隠した、
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雨が降り続ける中を、傘の柄を挟んで並び寮へと歩く。
そろそろ日も暮れる頃、私たち以外の生徒の影はない。
私以外の生徒はもうとっくに帰っていると思ったのに、一ノ瀬くんも学園に残っていたなんて。
背の高い一ノ瀬くんが持ってくれている傘の中、
ふたりぶんの足音が、地面を踏む音が、少し反響して耳に届く。
聞こえる音はそれだけ、静かに穏やかに流れる時間。
まるで、世界に一ノ瀬くんとふたりきりになったみたい。
そんなことを考えていたら、
「……まるで、私たちふたりきりの世界になってしまったようですね」
それまで黙っていた一ノ瀬くんが不意にそんなことを言うものだから、私は恥ずかしくなって俯いた。
『ふたりきり』
なんてどきりとする言葉の響きだろう。
まさか私と一ノ瀬くんが同じことを考えていたなんて。
赤くなっているであろう顔を見られないように、足元を流れていく雨を目で必死に追った。
すると、突然身体が右側へとそっと引き寄せられた。
「っ!?」
驚いて立ち止まる。
「何をぼうっとしているんです。肩が濡れているじゃありませんか」
一ノ瀬くんにそう言われて見ると、確かに、傘からはみ出した私の左肩が少し冷たかった。
「あ…。でもこれくらい、」
これくらいだいじょうぶだよ、そう彼に言おうとして、私は身体をこわばらせた。
見上げた先、一ノ瀬くんの瞳との距離があまりにも近かったから。
そして、左腕に添えられた力強い手の存在に気がついてしまったから。
さっき引っ張られたのは、一ノ瀬くんが私の肩を抱き寄せたからなんだ。
そう思いいたると同時に、私の心拍数は急に上昇した。
左腕、背中、右肩、右腕、
一ノ瀬くんに抱き寄せられているおかげで、彼の温もりを体中のそこここに感じる。
気にしないふりをしていたのに。
傘の中、隣同士。いつもよりずっと近い距離が私に教えるから。隣にいる彼の息づかい、体温、そしてその脈打つ鼓動を。
気づいてしまえば、きっと私は冷静でいられなくなる。
だから素知らぬふりをしていたのに、ふたりが入るには少し狭い傘の中で、彼と距離を取ろうと無意識に懸命になるあまり、肩が濡れてしまった。
だって私は、一ノ瀬くんのこと、
「……何を考えているのです」
紺碧の瞳から目をそらせないまま、そんなことを考えていたら、一ノ瀬くんは私との距離をもっと詰めた。あまりの近さに息が止まりそうになる。
近すぎて何も言えない。
『一ノ瀬くんのことを考えていた』なんてことも。
いつの間にか私は、ほとんど抱きしめられるかたちになっていて。
一ノ瀬くんの熱い視線が私を射抜いていた。
ねえ、よく考えて。私に彼の心音が聞こえるということはもちろん、その逆も、ということよ。
切なげに少し潤んだ彼の瞳。だけどたぶん、それは私も同じ。
聞こえる、彼のすべて。伝わる、私のすべて。
近づく、私たちのすべて。
とくん、とくんと、誰かの心臓の音が聞こえる。
これは、どちらの?
「あ……」
そのとき私の視界の端に、雨に打たれている一ノ瀬くんの右肩が映った。
きっと私にたくさん気を遣ってくれたせい。このままじゃどんどん濡れてしまう。一ノ瀬くんが風邪をひいてしまう…。
もっとこっちに来て、
「××、」
そう伝えたくて思わず伸ばした手を、誰かの熱い指先が絡めとった。
私の指と指の間に、私じゃない誰かの指がするりと入り込む。深く、熱く私を包む。
違う。「誰か」じゃなくて、これは、
『トキヤ』
私のつぶやきは彼の熱い唇に呑みこまれて、だけど、そのすべては紺色の傘が覆い隠した。
傘に隠した内密事項
1.寮から学園まで走って戻って来たこと
2.ずっと「××」と呼びたかったこと
3.私の鞄にあるもうひとつの傘の存在
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