tokiya/long
□Crescent moon, crescendo mind
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『あー、テステス…ごほん。ただいまマイクのテストちゅう!』
朝礼前の騒がしい教室の中。突如響き渡ったその声に、生徒たちは一斉に耳をすませた。
これは間違いなく早乙女さんの声…。
こんなときには何かが起こるのだと、もう皆学習済みのようですね。
『ぴんぽんぱんぽーん♪生徒のみなさーん、至急ホールに集合してくだっサーイ。繰り返しマース…』
「何だぁ?全校朝礼か何かか…」
翔が教室のスピーカーを見上げながら怪訝そうにつぶやいたが、
『ちなみに、3分オーバーは退学ネー』
「げっ」
その言葉に顔色が変わった。
そしてそれは翔だけではない。
「やれやれ、行くしかないようだね」
レンも重い腰を上げ、がたんと席を立つ。
「まったく…朝から何だと言うのでしょうか」
そんな放送に導かれるまま、私たちはぞろぞろとホールに集合した。
「ハイハイ、みなさんそろいましたネー?」
到着してすぐ、正面のステージにいた早乙女さんがマイクで呼びかける。
視線だけであたりの様子を窺うと、Aクラスにも集合命令があったのか聖川さんや四ノ宮さんの姿もあった。
「あ、トキヤ。おはよう!」
そのとき音也と目があってしまい、彼がにこにこしながら私に近づいてきた。
「何があるんだろうね?今までにも急にこうやって集められたりしたことはあったけど、碌なことがなかったような…」
「静かにしなさい。早乙女さんの話が始まりますよ」
音也のその言葉には同感でしたが、今は会話をしている場合ではない。碌なことではないだろうからこそ、これから早乙女さんが起こす事態をしっかり把握しなければ。
音也は「あ、そうだね。ごめん」と言って、私同様ステージを見つめた。
それにしても、早乙女さんの頭上にあるあの丸いものは…くす玉、でしょうか。
何だろうかと観察していると、早乙女さんが大声で話を始めた。
「では始めまショウ!皆さんをここに呼んだのは他でもありましぇん。競ってもらうためデース」
早乙女さんのサングラスがギラリと怪しく光る。
「その名も『Sクラス&Aクラス限定!超えろ早乙女学園長!!倒せばすぐにデビューだぜ選手権ー!』」
ぱーんという効果音とともに、早乙女さんが握っていた紐を引く。すると例のくす玉が割れ、カラフルなテープや紙吹雪とともに何やら文章が書いてある長い用紙が出てきました。なるほど、末尾に「選手権」の文字が見えます。
「ええ!!!デビューできるの!?」
「マジかよ!?」
音也や翔が目を輝かせている。
確かにこの話が本当なら、私にとっても一ノ瀬トキヤとしてデビューする絶好のチャンスです。
しかし、その条件が早乙女さんを倒すこととは…そう上手い話とは思えない。何か裏がありそうですね。
私はじっと早乙女さんを見据えた。
「ルールは簡単!制限時間内に私に勝てばOK!真っ先に私を倒した1名だけが即デビューできちゃいまース!…しかーし!」
そこで一旦言葉を切ると、早乙女さんはにやりと笑った。
「それだけじゃツマラナーイ」
ここで私はふと気がかりを見つけた。
彼女が…○○さんがいない。
そろそろ登校していてもよい時間ですが…。
私が見かけていないだけで、このホールのどこかにいるのだろうか。
なんとなく胸騒ぎを覚えたときだった。
「勝負を盛り上げるための人質を用意しまシタ!こちら!」
早乙女さんが指さした先、ホールの巨大スクリーンに、ぱっと何かが映し出された。
あれは……檻、ですか?中に誰か……!
「○○さん!?」
「××!?」
なんと、そこに映っていたのは紛れもなく○○さんでした。
金属製の強固そうな檻の中で、気を失っているのか目を閉じ静かに横たわっている。
「ふっふっふ」
思わず彼女の名前を叫んだ私や音也を眺め、早乙女さんは愉快そうに笑みを深めた。
「あの檻は鋼鉄製、ちょっとやそっとじゃビクともしましぇん!鍵は私が持っていマース」
早乙女さんの手元で、金の大きな鍵が揺れていた。
「鍵を持たずに近づいても無駄デス!ワタシのかわいいかわいい子猫ちゃんに襲われますのでアテンション!」
スクリーンの端に何やらふさふさした物体が映し出された。
「ラ、ライオンじゃねえか!?」
翔が叫んだ通り、それはライオンでした。
『ガアオウゥゥウウゥ!!!』
呼応するように、そのライオンがすさまじい迫力で咆哮する。赤い口の中で、牙がぎらりと光った。
…子猫どころではない。
「リミットは深夜0時デス!そ・し・て、間に合わなかった場合、このボタンで檻を爆発させちゃいマス!彼女の残骸はマイキャットの御馳走になっちゃうかもネ」
「「「えぇえっ!?」」」
七海さんが口元を覆い、青ざめた。
「アイドル志望か作曲家志望かは問いましぇん。私を倒し、鍵を手に入れ無事彼女を救ってくだサイ!では、開始デース!ピピー!」
そう言うや否や、早乙女さんは床に向かって何かを投げつける。たちまち広がった煙幕にまぎれ、早乙女さんは姿をくらました。
「おいおい…」
「本気かよ」
途端、あたりにざわめきが広がる。
戸惑う声が多い一方で、意欲的な声も上がっていた。
「でも、これってチャンスじゃねえか?」
「学園長に勝てればデビューできるんだろ?」
「よし、俺は行くぜ!」
「待てよ、抜け駆けは許さねえぞ。俺も行く!」
「まずは学園長を探すぞ!」
ぞろぞろと挑戦者たちがホールから出て行き、四方に散らばって行く。
「トキヤ!」
背後から音也が声をかけて来た。
「俺は行くよ。××を助け出さなきゃ!」
「そうだよな。俺も行くぜ!」
「僕も行きます!ぺけちゃん、あんなところに閉じ込められて、きっと怖い思いをしています…」
「うむ。見過ごすわけにいくまい」
「他ならぬレディの危機だ。行くに決まってるよ」
その背後からいつものメンバーも姿を見せる。
皆やる気に満ちた瞳をしていた。
「あ、あの…私…、私も…!」
そこにか細い声。
七海さんだった。
胸の前で手を固く握りしめている。
彼女は○○さんのパートナー。心配で仕方ないに違いありません。
自分も戦いたいとでもいうつもりだろうか。しかし、女性がこの争いに参加できるとは思えない。
「春歌…気持ちはわかるわ。でも私たちじゃ無理よ。そりゃ、私だって××を助け出したいけど…」
後からやってきた渋谷さんが、堅い表情をした七海さんを説得する。
「…でも…」
しかし七海さんはうつむき厳しい顔をしたままだった。
「友千香の言う通りだよ、七海たちは危ないからここにいて。心配だと思うけど、俺が必ず××を連れ戻して来るから。ね!」
「そうだぞ、無理すんな。俺がシャイニング早乙女をボコボコにしてきてやっから!」
見かねた音也や翔が七海さんにそう力強く言い、微笑む。他のメンバーも七海さんを励ました。
七海さんも自分では力不足だと思っていたのだろう、もどかしそうに唇をかみしめながら、よろしくお願いしますと頭を下げた。
「ねえ、もちろんトキヤも行くでしょ?」
音也が私に問いかける。
皆の視線が私に集中していた。
無論、私の答えは決まっていた。
「…仕方ありません、傍観しているわけにもいかないでしょう。それに、これはまたとないチャンスです」
私の言葉に、音也が歯を見せて笑って見せた。
「そう言うと思ってたよ!皆、絶対××を助け出そうね!」
「ええ!」
「今から俺たちはライバルだからな!」
「ふっ、負けないよ」
「俺だって!」
「…一ノ瀬さん」
皆が張り切る中、七海さんが私にすっと近づいて来た。
「ぺけちゃん…きっとあなたを待っています。どうか、ぺけちゃんをよろしくお願いします!」
私を見つめる真剣な瞳とぶつかる。
彼女が私を待っている…か。
本当にそうなのかどうかなどわかるはずもない。しかしできればそうであってほしいという思いが私の中にあった。彼女を助けるのは他の誰でもなく私でありたい…と。今はそんなことを考えている場合ではないのに。
心に生まれた邪念を払って、私は七海さんを見た。
「…必ず、助け出してみせますよ」
私がそう微笑むと、七海さんは安心したかのようにほっと息をついた。
この言葉に嘘はありません。必ず…○○さんは助け出す。
「行きましょう」
気を引き締めてそうつぶやく。
皆うなずき、音也がこぶしを突き上げ叫んだ。
「よーし!打倒!シャイニング早乙女!!」
「「「「「おう!!!」」」」」
そして私たちは、一斉にホールを飛び出した。