書庫1

□ハニービーンズ
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「ねぇ、夕陽の色って蜂蜜に似てないかな?」

ひどく退屈そうに、彼女は俺に問いかける。

その様子を見て、俺には彼女の考えていることが手に取るように解った。

なんだ、腹が減ってるのか…。

「蜂蜜かぁ…。ホットケーキなんかぴったりだよなぁ」

俺はわざと話題を食べ物に向ける。

「ホットケーキ…」

今まさに、ほかほかでふわふわのホットケーキが彼女の頭の中で出来上がっていることだろう。

でもそれはただの想像だから。

実際に腹が膨れることはなく、まず逆に腹が減っていくという…

あれ、何処か似てる。何かに。

──何に…?

「やっぱり蜂蜜って言ったら、くまのプーさんだよね」

いつの間にか空腹から立ち直ったらしく、存外元気に黄色いクマの話を振ってくる。

想像したら少しは腹が膨れたみたいだな…。
奇特なやつだ…。

「あぁ、あの蜂蜜が好きで食いまくってたら黄色くなったっていうクマか?」

「いや、なんか違うっ!
しかも微妙にドラえもんが混ざってる気がする!」

ん、ドラえもん…?

確か今日夢に出てきたような……

そうだ。
ドラえもんのくせに、目の前に山と積まれたどら焼きには目もくれず、何故か俺を凝視して不気味に笑いこけていた…

それはもうホラー映画並に恐怖の情景だったぞ……
「ドラえもんはネコ型ロボットだから、くまじゃないよ」

彼女は少し不満げに訂正する。

「そうか?」

ドラえもんごときにそんな真面目に議論する必要ないだろ…

俺としては、トラウマになりそうな悪夢を出来るだけ早めに忘れたいところなんだがな。

「そうだよ」

呟いて、彼女は黄昏に眼を細める。

幸い彼女はそれ以上言葉を続けようとしなかった。

「そういえばさ、プーさんが住んでるとこって何処だっけ?」

ふと気になって、俺は彼女に問いかけた。

「100エーカーの森」

極めて簡潔に、彼女は答える。

「エーカーって、何だ?」

「知らないよ、自分で英和辞典で調べなよ」

辞典で調べろって言われても、……めんどい。

「あ、面倒臭いって顔してる。ダメだなぁ、何時までも人に頼ってちゃ」

「失礼なこと言うなよ。俺だってちゃんと…!」

「ちゃんと、なぁに?」

彼女は意地の悪い眼を俺に向ける。

これは揚げ足を取ろうと狙っているときの眼だ…!

「…それにだな!エーカーの意味なんて知らなくても生きて行けんだぞーっ」

俺は危機を察知して、論旨を少しずつずらしていく努力を始めた。

「ほら!其処を行くお婆さんだってきっと知らない筈だっ!なのに今までずっと生きて来れたんだ…ぞ……」

しょうもないことを力説する俺を、彼女は何故か微笑んで見守っている。

す、末恐ろしい……

「意味を知らなくても生きてられるものなんて、幾らでもあるじゃない」

彼女は尚も笑みを深くして、蜂蜜色にまみれた風にその髪をなびかせる。

「…死んだことさえ解らなければ、永遠に生きていることだって難しくはないんだよ。きっと」

俺には、解らなかった。

彼女が言った言葉の意味。

──もしかしたら、その『意味』も知らなくても生きて行けるものなのかもしれない。

そう、思った。

…でもさ。

これだけは教えてくれよ。

どうして、お前は泣いてるんだ?

穏やかな笑みを浮かべて、
深い色の瞳に涙を溜めて、

おかしいだろ。

泣くのか笑うのか、どっちかにしろよ…

「──な─で…」

彼女は詠うように言葉を紡いでいく。

「────」

頬を伝う涙を拭おうともせずに。










ハニービーンズ
君の声。


ハニービーンズ
何より甘く。


ハニービーンズ
解けても消えない。







ハニービーンズ
君の声…。




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