5000打企画

□ぴよ子様
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   『刻は違えども』
   (睡蓮に微睡む 悲劇之泉番外)



襖(ふすま)から入る隙間風に俺はぶるりと肩を震わせた
春になったといっても早朝の風はまだ肌寒く、まだ温もりの残る布団の中からは出られそうにない
布団の中て丸まっていると不意にがばっと布団が剥がされる
寝衣の襟元から覗く首筋にすーっと風が入り、思わず布団から飛び上がってしまう
尻餅をついた状態で剥ぎ取られた布団から視線を上にあげていくと、俺の布団を掴んだ乱馬が仁王立ちでたっていた

「なにすn「出かけるぞ!ほら、これ着ろ」ぶっ」

文句を言おうとするも乱馬に遮られ、顔面に黒い物体を投げつけられる
黒い物体を顔から離し開いてみると乱馬がいつも着ているようなチャイナ服だった

「……んだよこれ」
「服だけど?」
「見たらわかるわ!そうじゃなくて、なんで俺がこれを着なくちゃいけないんだよ!」
「お前が着てた着物をかすみさんが洗濯したから」
「はぁ?!」

慌てて襖を開けると、外に糸で吊された洗濯物の中に俺の着物が干されていた
しかも元の世界で着ていた着物だけでなく、呪泉郷ガイドにもらった替えの着物もすべて洗濯されていた

「嘘だろぉ……」

襖に寄り掛かり溜息をはく
確かに色んな事件に巻き込まれるせいで着物が汚れることも多く、特に元の世界で着ていた着物は血痕がうっすら残っておりもう落ちなくなってしまっている
綺麗好きのかすみさんはもう落ちない汚れをとるために洗濯したのだろう
前の俺なら怒鳴り散らかしていたかもしれないが、素人目にも落ちないとわかる汚れをとるために頑張ってくれたかすみさんを責める気にはなれなかった
ただ……洗濯をしてくれるなら一言ほしかった、切実に

「大丈夫かよ…」
「ああ、ちょっと気が動転していただけだ」
「……なら、いけどよ」
「つまり、俺の着る物がないからこれを着ろってこどだよな」
「ああ、俺のだけどまだ袖通してねーし、大丈夫だよな?」

手に持ったチャイナ服をじっと見つめる

「どうしたんだよ?」
「……………着付け方がわからない」
「ぶふぉっ」

とりあえず乱馬の頭を一発ぶん殴った

「いってぇな!」
「てめぇが笑うからだろ!」
「だからっていきなり殴るこたーねーだろ」

罵り合いながら俺は乱馬にチャイナ服の着付けを教わっていた
着付けといっても乱馬の手つきを見て覚えるだけでほとんど着させてもらっている状態のわけだが…

「ほら、できたぞ」
「……ありがとう」

黒いチャイナ服は今まで着ていた着物と比べ窮屈で、特に衿元は喉が締められるように感じられた
衿元の留め具をひとつ外すと一気に呼吸が楽になった

「どうだ?」
「ちょっと小さいな」
「へーへーどぉーせ俺は小さいですよ」
「しょうがないだろ俺のが年上なんだから
むしろぴったりだったらおかしいだろ」
「……でも龍之介に負けるのはなんか嫌なんだよ」

小さく呟きながら乱馬は壁に背をついて座り、ふて腐れた
いつもは強気なことを言う癖に変なところで弱気なこいつは馬鹿なのではないかと時々思う
乱馬の成長期はこれからだし、元が大柄ではない俺はすぐに追い越されてしまうだろう
非常に腹立たしく思うがしょうがないことだと割り切る
そう簡単に追い越させる気はないけどな
ふて腐れている乱馬の目の前に手を差し出す

「ほら」
「……んだよ」
「どっかでかけんだろ?人を叩き起こしたんだから責任とれよな」

乱馬は一瞬目を見開いた後、腹を抱えて笑い出した
笑いすぎて壁に頭を打ち付け、患部を抑え背中を丸める
その間も笑い続けているものだから本気で気がふれたのだと思った
異常な笑い方に俺は怒りをこえて呆れ返ってしまう
ようやく笑いが治まったところで乱馬が差し出した手を握り返した

「責任、ととってやるよ」

俺の手に乱馬の力がこもり、すっと乱馬が立ち上がる
離そうとした俺の手は乱馬にしっかりと握られ振りほどくことができず、結局俺は引きずられるように玄関に向かっていく



玄関の扉を開くと、薄桃色の花弁が風によって運ばれてきた
思わず手を前に伸ばすと一枚だけ花弁が掌(てのひら)の上に乗る
少し茶色の混じった不格好な花弁は風に乗り群青色の空へひらひらと飛ぶ
掴もうとまた手を伸ばすも指の間を通り抜けるだけで掴むことはできなかった
気まぐれな桜に俺をおちょくって悪い笑みを浮かべる沖田の姿が重なる
苛立ちよりも懐かしさを感じふっと口元を緩めた

「どうしたんだよ」
「なんでもない」
「気になるだろ!教えろよ!」
「ほら、行くぞ」
「龍之介!」

友人の少ない俺は二人きりで外出することに少なからず胸を踊らせていた
沖田のことを考えていたなんて言ったら、今度こそ臍(へそ)曲げて一緒に外出するのをとりやめてしまうだろう
折角の機会を逃すほど俺は阿呆(あほう)ではない
要らぬことを口走る前にしつこく聞いてくる乱馬を引っ張り先を歩く
引っ張られることなく俺のすぐ横を歩く乱馬は流石と言える
俺が口を割らないと悟ったのか乱馬は話題を切り替えた
身振り手振りもつけて可笑しく話す乱馬に俺は相槌(あいづち)をうつ

何にも縛られない日常

長年求め続けた物が今、目の前にあるというのは不思議なもので、今は実感が湧かないというのが本音だ
どこかむず痒く感じるが居心地がいいこの感覚は、俺が芹沢さんのところでお世話になっていたときに感じていたものと少し似ている

刻は違えども、人の暖かさというのはなぜこんなにも居心地がいいものなのだろうか……
俺は掌(てのひら)から伝わる体温を離すことができず、享受した



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