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□3rd.変化
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「お前はいつからここにいるんだ」

 倖貴は呆然とし驚き息を吐くように言葉を出した。自分を見下ろす大人を見上げ子供はゆったりと首を傾げる。よく分からないと口ほどに言う黒く大きな瞳を見つめ、何でもないと首を振った。
 昨日と同じように子供はベンチに座っていた。細い足を左右で互い違いにゆらりゆらりと揺らし、ぼんやりと景色を眺める姿を遠目に見付けた時倖貴は手首の腕時計を思わず確認した。近くまで寄ると子供は小さく「あ」と声を零し、倖貴は冒頭の言葉を呟いた。

 子供の隣に座り手にしていたビニール袋から購入した品々を取り出し袋の上に置くと、物珍しそうにこちらを窺っていた子供の額に手を伸ばしその長すぎる前髪を掻き上げた。ゆっくりカーゼを剥がすとその下から紫色のままの痣が現れ、眉をしかめた。
 子供の額に手を当てたまま暫く悩む。あまり深く考えることなく手に品々の内、果たしてどれがいいだろう。結局のところ倖貴のうろ覚え医療知識の程度は家庭内から出はしない。より取り見取りの数々を眺め取り合えずと手に取ったのは冷却ジェルシートで、片手で器用にシートを一枚抜き出すと、医療用テープを切るために併せて買った小さな鋏を指に嵌めた。
 半分に一刀両断されたシートをフィルムから剥がす。

「動くなよ」

 そう断りを入れ照準を合わせると一思いにシートをペタリと貼る。冷たさに子供が目を瞑り恐る恐るシートに触った。独特の感触に子供の興味がそそられたらしく、シートを細い指先で軽く押したり擦ったりする。倖貴はその手を取り前髪を自分で押さえさせる。

「そのまま、な」

 繰り返し念を押しながら手早く医療用のテープを適当な長さに等分し、シートの四方を固定した。倖貴の許しが下りると子供はそろそろと額に手を這わせ、シートの輪郭を確かめるようになぞった。そうして役目のなかった品々を元のように袋に入れている倖貴をじっと見つめる。その顔に表情こそ無かったが、大きく黒い瞳は不思議なものを眺めているようで、ある誰かを思っているようでもあった。









end.
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