創作短編

□大野くんの夏休み
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 窓の外を見ると、地面も植物も空気もじりじりと焼かれる音がしそうなほどの景色があった。




大野くんの夏休み




 八月も半ば、一年で最も暑い季節の真っ只中で日々熱中症で運ばれる人は少なくない。昨日も炎天下で活動せざるを得ない陸上部の誰かが倒れたらしい。オレには、ドンマイ、頑張れ、ご愁傷様、としか言いようがない。しかし凶悪ささえ感じる太陽の熱と日差しもこの教室の中までは通用しない。直射日光が入る側はカーテンをぴったりと閉めているし、何より窓も開けずクーラーを効かせているからその攻撃はほとんど受け流されている。文明とは斯くも素晴らしい。快適万歳。
 パアン、と乾いた音が響いて、楽器を拭く手を止めて床に座ったまま首を回して音楽室の前方を振り返る。柏手を打つように両手を鳴らした部長がピアノにもたれ掛かるように立っていた。スラックスの裾は相変わらず捲り上げられていて、外で練習していた時のまま首にはタオルが掛けられていた。
 我が部独特の注目という合図に全員の意識が向いたことを確認すると部長はピアノに置いていた一枚のプリントを手に取った。

「はい、そんじゃあこれからの連絡するんでよく聞いといてくださーい。」

 部長自身の口調と演奏終わりの疲れで一層疲れた雰囲気を出しながら、部長はプリントに目を通した。

「まずは楽器の片付け終わった人から飯食って、午後二時から昼寝の開始で六時に起床、そっからパートごとにシャワーと飯で、そっからまた九時から一時まで寝て、練習開始でーす。」
「次、晩飯は買ってきてもいいし外で食ってもいいし家近い人は一旦帰っても全然大丈夫です。ただそん時は時間厳守で。シャワーは運動部の部室のやつを使わせて貰えるように頼んだんで、順番とかは、まあジャンケンで適当にちゃっちゃと入ってくださーい。」
「最後に、校内で肝試しとかしたら警備の人が来るんでやめてくださーい。怪談とかしたいやつは勝手にすればいいですけど夜の練習になって眠いとかほざいたやつから眠気覚ましに一発、ってことになるんで気をつけてー。」
「はい、じゃあ質問もとい文句ある人さっさと手ぇ挙げてー。」

 バスケ部の友人から言えばガタイのいい部長はその見た目に全くそぐわないフルートなんて繊細な楽器を吹く。しかし噂では部長の握力は八十越えをしているらしい。更にオレの直属の先輩である白石先輩から聞いたところによると授業中居眠りをして寝惚けて握っていたシャーペンを折ったことがあるらしい。手を挙げる命知らずなんていなかった。

「はい、それじゃあ解散。」

 部長の言葉にざわめきだした音楽室。オレは念入りに楽器を拭き、赤い布の敷かれたケースの中へ納めた。
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