創作短編

□Come To Life
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 ここのところ慢性的な寝不足な気がする。布団に入って目を閉じてもすぐに眠気はやってこないし、何がいるわけでもないのに真っ暗な天井を見つめていれば嫌でもいろいろ考える。ぐるぐるぐるぐる考えて考えて考えて。そうして気分も最低のまま浅く眠って朝の気配にふと目が覚める。見事に循環してるなあと、ベッドから体を起こしながら思った。




Come To Life




 朝起きたらまず日めくりカレンダーを1枚破く。今日はなんだろうと思って裏を見ると「あと3日」と書いてあった。言われなくても分かるよ。
 確かこれで27回目。このカレンダーは最初から1ヶ月分しか枚数は用意されてなかったのに更に薄っぺらく貧相になってしまった。でも元々私の人生なんてこの紙の裏側に書き連ねられる程度だったような気もするし、まあ今となっては結局のところどうでもいいんだけど。
 パジャマからセーラー服に着替えて部屋を出る。昔と変わらないこの家も、最初見たときは私が成長したせいなのかなんとなく窮屈に感じたけど、もう慣れた。キッチンに入るとお母さんがお弁当におかずを詰めていた。私に気づいてにっこりと笑いながら「おはよう」と言う。私もそれに「おはよう」と応えてから朝食が置いてあるテーブルに着いた。私が座ると同時にキッチンのドアが開いて私とは違う中学の制服を着た女の子が入ってきた。双子の姉の桃だ。桃は私の向かいに座り、私の顔を見ると挨拶もなく自分の頭を指さした。ちょうど耳の上辺り。

「あんた、ここ寝癖ついてる」
「え、本当?」

 慌てて手櫛で直す。桃は呆れたような顔をして、肩を竦めてコーヒーカップに手を伸ばした。
 桃はコーヒー党だけど私は紅茶党。同じ双子のはずなのに私と桃はほとんど似てない。でも同じ顔で同じ声で同じしゃべり方だったとしたら、それはそれで怖いだろうなとちょっと思いながら、私は手元に置かれていたシュガーポットを桃へ差し出した。
 朝食を食べ終えると身支度を整えて桃と一緒に家を出た。私と桃は学校が違うから家を出てから真逆に歩いて行く。桃は電車通学だから一緒に出ると私はかなり早く学校に着く。それでも私達は昔のように一緒に家を出る。

「それじゃ」
「うん、いってらっしゃい」

 ひらひらと手を振っていく桃を見送ってから私も歩き始めた。
 空には薄く雲が広がって白っぽくて、遠くにはまだ青い月が浮かんでいる。朝特有のひんやりした空気が肺に入っていくのが気持ちいい。周りの家の一軒一軒から慌ただしい雰囲気とか朝食の香りとかが伝わってくる。私はこの雰囲気が大好きだった。スニーカーの少し固い音を響かせながら、このままずっと歩いていたい、なんて思ってしまって少し可笑しくなった。
 ピリリリリリ。
 この空気には全く似合わない無粋すぎる電子音が私の鞄から鳴り響いた。肩にかけた鞄の小さなポケットから白い二つ折りの携帯電話を取り出した。開いて液晶に表示された名前を確認して、通話ボタンを押した。耳に押し当てて相手が話し始める前に私は口を開く。

「おはようございます、観月先生」
「おはよう、雛さん。早速ですが近況報告をお願いします」

 先生は全く驚いた風でなかった。ちょっと残念。

「すみません、今も進展なしです」
「うーん、やっぱりそうですか」

 電話の向こうで何かを捲る音がする。観月先生は今年の試験官で私のいるブロックを担当している。

「さすがに少しのんびりですね。受験した267人中258人は良かれ悪かれ結果を出してますよ」
「……合格したのは何人ですか?」
「134人です。昨年に比べれば多いですね」
「残りの124人は?」
「棄権です。早い子は試験開始から3日目に帰ってきました」
「良い子ですね」
「ええ、良い子です。それでも試験は試験ですから」

 ですよね、と言おうとしたけど口の中が妙に乾いてざらざらして言えなかった。学校が見えてきて、唇を舐める。

「私も、そろそろ頑張ります」
「そうですか。棄権はいつでも認めますよ」
「なるべくしないようにします」
「無理はしないように」
「はい、それじゃあ失礼します」
「はい。それでは」

 通話を終わらせて、ついでに電源を切ってポケットに戻した。
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