創作短編

□ADULT
1ページ/3ページ


空の端が赤い。





ADULT





端と言っても、それが西か東か、朝日が昇ろうとしているものなのか夕日が帰って行くところなのか俺には分からない。どっちでもいい。そして別に知りたくない。どうせ明日になればまたあの輝く星と出会って別れる。それは地球が己の自転と公転をやめない限り、地球か太陽が死ぬまで続く。約400年も前から始まった常識だ。
指先で緩く持っていた缶コーヒーを一口飲む。少し放置していただけでかなり温くはなってしまったが、それでもこの寒空の下ではありがたい。寒さへ吹き付けるように息を吐いた。上昇した口内の熱が白い靄になった。子供っぽいかもしれない行為も、静かすぎるこの公園で人目を気にする必要はない。
かしゅっと炭酸の弾ける音がした。

ああそうか、こいつがいたか。

視線をすぐ横のブランコ流した。ちょうどいい高さの椅子になったブランコに座り、サイダーの缶のプルタブを押し上げている小学生くらいの子供がいる。紺色のジャンバー、黒いズボン、少し汚れているスニーカー。耳と鼻の頭が赤い。こんな寒い中そんな冷たい物をうまそうに飲んでいるこいつは、型にはめたように少年という比喩が一番しっくりくると思う。あと「うまそうに」というより「おいしそうに」か。
視線に気づいたのか子供がこちらを向いた。じっと俺が持っているコーヒーの缶に見つめる。見せつけるように缶を煽ると首を傾けて心底不思議そうに聞いてきた。

「それ、おいしい?」
「不味かったら飲まねえよ。」

子供っぽい高めの声に間髪入れずにそう返せば、きゅっと眉を寄せて「苦くないの?」と聞かれ「苦い。」と言った。ますます不可解そうに幼い顔立ちをくしゃりと歪めた。

「苦いのに飲むの?」
「苦いから飲むんだ。」
「お薬とどっちが苦い?」
「苦みの種類が違うだろ。」
「違うの?」
「違う。」

結局疑問は氷解しないままだろうに子供は「ふーん」と呟いて、手元のサイダーを少し見つめ、また飲んだ。缶を口に付けたまま徐々に背中を仰け反らせていく様子を見ると、もう中身は無いらしい。早い。
暫く残念そうに軽くなった缶を見ていたが、それをブランコの脇に置くと座ったままブランコを漕ぎ出した。横に立っている身としては風が来て少し、いやかなり寒い。
前、後ろ、前、後ろ、前、後ろ、前。
タイミングを見計らって手を差し出しブランコの鎖を掴んだ。ひやりと冷たい金属に鳥肌がたった。いきなりは止めずブランコの動きにあわせてゆっくり減速する。完璧にブランコが動きを止めたところで、丸く目を見開いている子供を睨みながら言った。

「寒いからやめろ。」

子供は二、三度瞬きをすると、むすりとわかりやすく拗ねた。それでも寒いものは寒い。
コーヒーを持つ手を変え、金属によって冷やされた右手をぬくめた。一口飲むとまた温くなっていた。ささやかなぬくもりを噛みしめていると「ねえ。」と話し掛けられた。見下ろせば真剣にこちらを見据える二つの瞳とぶつかった。


「サンタさんっている?」
「・・・・・・はあ?」

もはや数年は聞いていないメルヘンな言葉に気の抜けた声を返したが、こどもはそれでもじっと俺を見上げる。質問の馬鹿らしさと子供に真実を告げることへの葛藤で数秒費やした。一つ大きな溜め息をついて俺は子供を見返した。

「父さんと母さんだよ。何が欲しいのかさりげなく聞くのは母さん、買いに行ってたのは父さんだった。」
「プレゼントはどこにおいてたの?」
「二階の物置。お化けがでるって言われて入れなかっただろ。」
「・・・そっか。」

俺の答えに一つ頷いて、小さくブランコを揺らした。
気づくと、段々周りが明るくなってきた。遠くを見れば、空の端が赤から白くなりかけている。

「ねえ。」

また呼ばれた。子供はブランコから立ち上がっていて、それでも身長は俺の胸より少し低いくらいしかなかった。

「もういっこだけきいてもいい?」
「なんだ。」
「うん、あのね、大人になるってどんな感じ?」

どうせこれが本命だったんだろうと思いながら、俺は用意していた答えをいった。

「どうもない。コーヒー飲めるようになるだけだ。」

子供はきょとんと瞳を揺らして、楽しそうに笑い出した。
背後が一際明るくなったのを感じる。振り向けば遠くの建物の天辺から目が焼けそうなくらい輝く太陽が半分見えていた。それに見とれる俺の背中に声が掛かる。

「バイバイ、ぼく」

俺はそれに答えず、ただ朝日を見つめた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ