創作短編
□代名の無い話
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気がつくとそこは知らない場所でした。
代名の無い話
上を見ても下を見ても左を見ても右を見ても一面が真っ暗闇だった。じっと耳をすませても物音一つしない。普通に立っていられるから足場はあるはず。自分の体を見下ろすとパジャマを着ていた。
さっきまで何してたっけ?
不思議だったけど、まあいっかと思ってそれ以上は考えなかった。
とりあえず移動しよう。裸足の足で踏み出した。
しばらくぺたぺた歩いているとずっと向こうに光が見えた。なんだろうと思って走る。追い風が吹いているのか早く進める。針の穴くらい小さかった光がどんどん大きくなって、あっという間に近づくとその光は男の人だった。
パジャマ姿の私と違ってタキシードをびしっと着こなしたその人も、私に気づいてこんにちはと言う。私はこんにちはと返した。
何してるんですか?
私が尋ねると男の人はにっこり笑って、
「友達に会いに行くんです。」
と、答えた。
楽しそうですね。お祝いごとですか?
私は尋ねる。
「はい、お別れを言いに行くんです。」
びっくりして私は尋ねる。
お別れなのにお祝いごとなんですか?
「はい、今日は彼女の最後の日ですから」
よくわからなくて頭に疑問符を浮かべてる私に男の人は嬉しそうに言った。
「今日は彼女達が主役なんです」
やっぱりよくわからなかったけど、私も笑って、いいですね、と言った。
男の人に手を振ってさようならと言う。男の人も手を振ってさようならと返した。
私は歩き出した。
ぺたぺたと歩いて行くと、今度は青い光が見えた。何だろうと思って走る。でもさっきみたいに早くは行けなくて、ベルトコンベアーで押し戻されてるみたいになかなか進めなかった。それでも不思議なことにどれだけ走っても疲れなかった。さっきと倍の時間ぐらいかかって光のそばに行くと、今度は小さな女の子が泣いていた。
しゃがみこんで泣いている女の子に慌てて駆け寄る。おろおろしながら尋ねる。
どうしたの?
両手で目元をこすっていた女の子は顔を上げて私の顔を見ながら、
「おにいちゃんがどこかに行っちゃったの」
大変だね。
よしよしとしゃがみ込んで頭を撫でながら言う。
私がいっしょにお兄ちゃん探そうか?
「ほんと?」
頷くときらきらと瞳を輝かせながら嬉しそうに笑った。
私と女の子の二人でてくてく歩く。隣にいる女の子を見ると、この子もおめかしをしていた。
君も誰かにお別れを言うの?
私を振り向いた女の子はきょとんとした顔をして首を横に振った。
「わたしはおにいちゃんといっしょに行くの。」
行くってどこに?
「わからないけど、ここからずっと遠くに行くの。」
みんなとお別れするの寂しくないの?
「さみしいけど、みんなが見おくってくれるからへいきだよ。」
ならよかったね。
にこにこと笑っていた女の子は前を見て、あ、と言った。
女の子が嬉しそうに走って行った先にはあんまり歳の変わらなそうな男の子。女の子を見るとほっとしたように笑った。
お兄ちゃんといっしょに手を振ってくれる女の子に私も手を振り返して、一人に戻ったけど私は歩き出した。