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□3rd.変化
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 一昨日は偶然、昨日は倖貴に用があっただけなのか、流石に3日目の今日にベンチに子供の姿はなかった。拍子抜けと言うか期待外れと言うか。三度目の正直はなかったらしい。
 意味が違うか、と倖貴は自分自身にやや呆れながらベンチに凭れて天を仰いだ。つまらないという思いも否めない胸に一杯の息を溜め緩やかに吐き出して体を起こした。

「あ」

 視界に入った人物に思わず声が口をついて出た。距離は約20メートルだろうか。ゆっくりと歩みを進めていた子供は倖貴がいることに気が付いたのかぴたりとその棒のような足を止めた。表情の細部までは読み取れないが、驚いているのかもしれない。力が抜け宙を揺れていた子供の指先が服の裾を握った。
 倖貴は手を上げ、数度躊躇した後2回指を上下させて子供を手招きした。子供はそれを見て下げかけた右足を止め、ゆっくりと前に踏み出す。
 先程よりもずっと遅く、大人なら数秒で達してしまえるような距離を時折迷うように立ち止まりながら足を進める子供を、倖貴は目の前まで歩み寄るのを待った。
 小さいな、と傍まで寄ってきた子供を見て思う。倖貴はベンチに腰掛けていても子供よりやや高くなる視線を前屈みになって合わせる。子供を引き留めたのは別に明確な意思があったわけでもなく、敢えて言葉とするならば「ただ何となく」だった。
 よって気の利いた台詞など用意していなかった。

「・・・・・・まあ、元気か?」

 言ったそばから思わず頭を抱えたくなる。
 失敗した。大失敗だ。
 黒い前髪の奥に見える白いガーゼは今だに外されてはいない。怪我人に元気かと聞くなんて馬鹿か、阿呆か。顎を引いて頷いた子供の仕草さえ気を利かせているようにしか見えない。
 申し訳なく、ごまかすように「座るか?」とベンチの空いたスペースを手で叩くと俯いていたまま窺うようにちらりと一度視線を上げ、恐る恐る手で叩いた側へ足を運ぶ。倖貴は身を乗り出しベンチに登ろうとベンチに両手を添えた子供の両脇を掴むと、人形でも持ち上げるようにひょいとベンチの上に乗せた。子供はその間抵抗もせず石のように体を硬直させ、倖貴が手を離すと慌てて背もたれにしがみつく。まどろっこしいほど慎重に子供がゆっくりベンチに腰を降ろした。

「・・・ちょっとこっち向いてみろ」

 言って振り向いた子供の顔に倖貴は手を伸ばす。いつかのように邪魔な前髪を掻き分けると生白い額に貼り付けられたガーゼが全容を見せた。よくよく見れば、ガーゼは傾き、それを留めている医療用のテープのようなものは人の手で破いたようにがたがたでガーゼが落ちないであろう最低限の2枚で付けられている、付け焼き刃じみた状態だった。爪先でテープのたわんでいる部分を擦る。

「お前、明日も来るか?」

 帳となっていた長すぎる前髪も無く、露になった子供の顔付きを見ると、言葉の真意を掴もうとしているのか緩やかに瞬きをする表情は、先日の凍りついた瞳が嘘のように幼かった。
 倖貴は言葉を変え、より強く言った。

「明日も来い。これ、張替えてやるから」

 「いいな?」と見開かれている目を見つめて念を押す。子供は数秒後、魂を抜かれたようにゆっくりと頷いた。



 ふと、自分は面倒なことをしているのではないかと分けた弁当を黙々と食べる子供を見て思ったが、頬に米粒を付けている子供に力が抜け、もうどにでもなれと開き直った。







 翌日、秘書である進藤に断りを入れ弁当も携えて昼休みの時間帯より早めに会社を出る。さて何処だっただろうかと脳内の地図から最寄りの薬局までの道筋を引っ張り出し歩を進める。あまり利用することがないせいか記憶は朧げだ。
 程なくして、とあるドラッグストアのチェーン店に着いた。平日の昼間だったが意外なことに人は思うよりも多かった。近頃流行しているアイドルグループの曲が流れる店内にはおおよそ一応薬局と言うにはそぐわない物が数を多く占めていたが、目当ての類いは見つけることが出来た。それらをいくつか手に取り早々と会計を済ませると何となく居心地の悪い店内を足早に去る。
 腕時計を見ると思ったよりも長針は傾いていたがまだ余裕はある。見慣れない風景に新鮮さを感じながら子供を待つために公園へ向かった。
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