折原家2
□幸せな瞬間
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<幸せな瞬間>
新宿 某マンション
愛子視点
『佑梨〜……ふふっ、可愛いねーもっと大きくなったら二人みたいにいっぱいお喋りするのかなー』
「あー」
覚束なく手を動かし、ハイハイする娘。
動くようになると本当に愛らしく、それでもどこで何をするのか解らなくて心配になる。
前、本当に一瞬だけ目を離した隙に落ちているペンを口の中に入れようとして慌ててそれを取り上げたものだ。
そこから床に落ちている物がないか気にするようになり、前は一日一回だった掃除機も一日二回になった。
それでもあんなに小さくてコロコロしていた娘が、今ではこうやって一生懸命立ち上がろうとしたり、あちこち動き回るのだから本当に成長したものだ。
「佑梨、パパ。パパって呼んでご覧。パーパ」
「あー?」
「パ・パ。……なかなか難しいねぇ」
『臨也がそんなに自分の事を呼ばせたがってるなんて思わなかった……』
「前は君に負けたからね。次こそは俺を最初に呼ばせたいじゃないか」
そんな娘を見守りながら幸せな気分を噛みしめていると一人の男がどこからともなく現れたかと思えば、
屈んで小さな幼児と目を合わせるようにニコリと笑い、そう言って呼んでもらおうと必死なようだ。
気にしなくてもいいのに、と思うのだが本人としては気になるようでこうやって時間があれば娘の方へと近付き、頭を撫でたり、
玩具で気を引いたり、笑顔で声をかけたりとあれこれしている姿は[可愛いなぁ]という気持ちになる。
―――可愛い旦那と可愛い子供達に囲まれて、今日も幸せだなぁ……。
「……何でそんなに満面な笑みで俺を見てるの?最初が取られるかもしれないんだよ、もっと君は気にした方がいいんじゃないかな」
『別に私は佑梨がママって呼んでくれるようになれば何でもいいかなぁ。ねー』
「うーっ」
『佑梨もそうだって言ってるよ?臨也は気にしすぎなのっ』
声をかければ返事をしてくれる。私を求めるように手を伸ばしてくれる。
不安になるのか、何なのかは解らないが急に泣き出しても抱き上げればぎゅっと服を握って泣き止んでくれる所とかこの時にしかない可愛さがある。
勿論それ以上に大変な事もあるが、今回から手伝うようになった旦那―――折原臨也がいるので他の所よりは何倍も楽な思いをしているかもしれない。
「……そういう余裕が子供達に伝わるのかな。それでも俺は言い続けるよ。俺がパパだよ、ってね」
『……いいんじゃない?ていうか、多分パより、マの方が言いやすいんじゃない?まんま、とか』
「……そう言われると少し寂しいな。俺はいつまで経ってもママには勝てないって言われてるようなものだからね」
―――あ、そっか……。
特に意識して言ったつもりはなかったのだが、臨也にそう言われて少しだけ反省した。
よく子供が最初に喋る言葉に[まんま]とか[ぶーぶー]とか簡単に言えるようなものが並んでいるので[ママ]もそれに近いのだろうと、
だから一番に[ママ]を呼ぶ子供が多いから臨也は気にしなくていい、と言ったつもりだったのだが流石に伝わらなかったようだ。
『で、でもほら、色々な面で臨也は勝ってるし、私は尊敬してるけどなぁ』
「そういう気休めは逆に相手を傷付けるって事を、君はもっと学習した方がいいと思うけど。まあそれでも悪い気はしないけどね」
『ご、ごめん……。そんなつもりじゃなかったんだけど……』
僅かに真剣な声でそう言われてしまい、謝る事しかできなかった。
それに本当に娘が一番最初に[ママ]と呼ぶ可能性があるかどうかも分からない。