折原家2
□寒い日の
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「今から言いに行こ?そうじゃなきゃ、パパおしごと行っちゃうよっ」
「でも、とーとがいつおしごとなのか分からないよね」
『そうだよね……。起こしたら怒るかな……』
「おこらないよ、きっと!かぜの時のパパ、すなおだもんっ」
「それならだいじょうぶだね!早く言いにいこー」
朝ご飯もまだ食べていないと言うのに二人は急かすように私に声をかけ、腕を引っ張っている。
二人の言いたい事は解るのだが、例えばもし今寝ていたら起こす事になるわけで―――本当に体調が悪いのであれば、起こすのもそれはそれで可哀想だ。
だが、遅くなればなるほど、彼は私達に体調が悪い素振りを見せずに仕事に行くかもしれないのでそれも避けたい。
―――起きてきてくれれば、それが一番なんだけど……。
そう上手くはいかないわけで。
どれだけ2階を見つめても寝室のドアが開く事はなく、仕方なく子供達を置いて私だけで自分の寝室となった部屋に向かった。
『あ』
「?どうしたの?」
『起きたのっ!?』
「そりゃあ起きるよ。それに、もうすぐ朝ご飯だろう?」
『っ……臨也っ』
「?」
ドアを開けようとノブに手をかけた瞬間、ゆっくりと扉が開き、暗い寝室からのっそりと白い肌が見え、その輪郭を映し出していく。
驚く私とは反対に相手は何故ここにいるのか解らないと言った表情をしながら見つめており、
いつもの笑顔を張り付けようとしている様だが、毎日のように臨也の顔、そして表情を見ているのでそれが無理をして作っている物だと言うのがすぐに解った。
堪らなく彼の名前を呼べば、首を傾げ、何を言われるのか解っていないようだ。
『……今日、仕事休んで』
「それはできない相談だな。俺の事を知ってるなら、分かってくれてると思ったんだけど」
『分かってるよ。だから言ってる』
「…………」
『無理しないって約束したでしょっ、ちゃんと体調が悪かったら言うって言うのも約束したっ、臨也は……情報屋は約束を大事にするんじゃないの?!』
「……そんなに酷い顔をしてるかな」
『してる。誰が見ても酷い顔してる。そんなんじゃ、静雄さんに殺されちゃうよ……』
粟楠会というのは池袋にある。
池袋と言えば、彼の天敵である静雄さんがいる街だ。運が良ければ会わないかもしれないが、もし今の状態で出会えば必ずと言っていい程追いかけっこになるわけで―――
臨也の体力が切れるか、静雄さんに追い詰められるか、そのどちらかだろう。
体調が悪い事を知れば見逃してくれるかもしれないが、もし彼がその場で倒れて―――静雄さんは助けてくれるだろうか。
私達のもとに帰ってきてくれるだろうか。そんな不安要素があるような場所に行くよりも、家でゆっくりして、秘書である波江さんに頼んだ方がいいのではないだろうか。
「……あはは、君ぐらいなものだと思うよ。天敵だって、知りながら、シズちゃんの名前を出す、なんてさ」
『ほらっ、辛いならさっさと部屋に戻りなさいっ!病人は起きてこないっ』
気が抜けたのか、それとも限界だったのか弱った笑みを零しながらその場に座り込み、降参だ、とばかりに両手を上げる臨也。
促すように声をかければ、[連れて行ってよ]と甘えるようにこちらに顔を上げ、笑う臨也。そんな彼に弱い私は仕方なく、細い体を自分の体重で支えるように腕を回し、
ゆっくりと立ち上がり、ベッドの方まで歩いて行けば臨也はまるで目的地に着いた、とばかりに重力に従うように崩れ落ちて行く。
『……そんな状態で仕事行くつもりだったの……?』
「……寝てれば治ると、思ったんだけどね。それに、仕事は夕方からだ。それまでに、薬でも飲んで、誤魔化そうかなってさ」
『……無理でしょ』
「……無理、だろうね」
布団から出たままだったので彼が倒れても引っ張り出す必要はなくそのまま身体の上にかければ、寒そうに顔を半分埋める臨也。