折原家2
□貴方の歌声
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<貴方の歌声>
新宿 夕方 某マンション
愛子視点
『パーパ、明日、カラオケに行きたいなぁー?』
「…………」
「カラオケ、行きたいなぁー」
「パパといっしょにうた、うたいたいなぁー」
「…………」
金曜日の夕方。
私はお供に子供達を従えて仕事、と言う名の書類整理をしている旦那に向かって声をかけた。
だが、相手はまるでこちらの話なんて聞いていません、とばかりに知らん顔をしながら黙々とファイルやホッチキスで止まった紙の束を捲ったり、集めたり、
入れたり、纏めたりしており、なかなか希望を聞いて貰えない。だが、相手は頑固者の旦那なのでゆっくりとゆっくりと―――諦めるまで話し続けなければならない。
『パパの声、聴きたいなぁー』
「パパ、うた上手なんでしょ?ききたいなぁー」
「いっしょにうた、うたおうよっ」
「……。いくら言っても俺は行かないし、これ以上言い続けるなら無視するから」
『パパは頑固者だねぇー。諦めて一緒に行けばいいのに……』
「パパだって、本当はいっしょに行きたいんでしょー?」
「ぼくはとーとといっしょに行きたいなぁー?」
「嫌だ、って言ってるだろう?俺は行かないよ」
『あ、分かった。パパって音痴なの?だから人前で歌うのが恥ずかしいとかっ』
「おんちでもだいじょうぶだよ!わらったりしないからっ」
「いっしょにうたえば、おんちなんて分かんないよっ」
やっと言葉を発したかと思えば、出てくるのは否定ばかりで―――溜息が出そうになるが、それでも折角明日は土曜日なのだから一緒にカラオケ屋に行き、歌でも歌ってストレス発散したいのだ。
何かストレスがあるのかと聞かれたら殆どは目の前で否定し続けている相手―――
折原臨也の事ばかりだが、別に彼の事が嫌いでストレスが溜まるわけではなく、臨也の態度などに腹が立ってしまうのだ。
こうやって意味もなく否定し続けている所とか、変な所で行動力があるくせに私と居る時は殆ど動かない所とか―――
別に許せない、という程怒るものではないし、相手に言う程でもない、そんな位置にあるものだが、殆どの場合は彼の秘書である波江さんに話を聞いて貰っているのでストレスなく過ごせたが、
最近忙しかった腹いせか、それともまだやり残した事があるのか、またまたやっと落ち着いたからなのか、数日前からこの事務所兼自宅に来なくて―――だいぶストレスが溜まっているのだ。
彼に聞けば理由を聞けるかもしれないが、何だかんだお互い淡泊な付き合いをしているので、あまり興味がないのかここ最近、波江さんの話を出してこない。
なのできっと答えても[弟君の所にでも言ってるんじゃない?]と言う曖昧な言葉を吐き出されそうだ。
―――心配したっていいのに……。
―――まあそれは私の勝手な妄想なんだけどさ。
知ってて言わないのか、それとも私が聞かないから答えないのか―――
まあとりあえず、それを聞いても[波江さんが居ない]という事には変わりないので、ぶっちゃけた話をすれば、ストレスのはけ口が欲しいのだ。
後は彼の好きな曲を知りたい、という理由も残っているのだが。
「何度言えば分かってくれるのかな。俺は嫌だって言ってるだろう?明日は大人しく部屋で本でも読んでればいいじゃないか」
「本あきたっ!じゃあ、図書館つれてってっ」
「そのついでにカラオケに行けばパパもうれしい、あたしたちもうれしいっ、ね!」
私が考え事をしている間にも双子は粘り強く父親にお願いしている様だが、二人の粘り強さも、今回は臨也に通用していないようだ。