折原家2
□秋の夜長
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『そうかなぁ……。……一生、私一人だけがいいなぁ』
「欲張りだねぇ、君は」
『人間は欲張りな生き物、でしょ?』
もしかしたら子供達も同じような事を言うかもしれないが、今ここに居るのは、臨也の目の前にいるのは私だけで―――自分だけが彼の言葉を聞き、答える事ができる。
ずっとずっと、彼に従い、彼と共に生活してきた私だけが―――彼をこの地へと縛り付ける事ができる。
そんな大役を他の人間に、ましてやそこら辺からやってきた人に務まるわけがない。寧ろ、勤めて欲しくない。
―――欲張り過ぎて、自分でもびっくりだけどね……。
「そうだね。人間はそうじゃなきゃ面白くないよ。……まあでも、一人の人間を取り合ってドロドロな人間関係になる、っていうのも最高に面白いけどね」
『趣味が悪いでーすっ』
「……やっぱり愛子の影響か」
『?』
「最近よく、あの子達に俺の趣味について話すと[パパ、しゅみわるい]って言ってくるんだけど……納得したよ」
『ええええ……私の影響じゃなくない?それ……』
喉を鳴らすような笑い方をしている臨也にキッパリと否定すれば、笑顔から呆れたような顔へと変わり、意味が解らず首を傾げれば、殆ど関係無いような言葉をつらつらと並べて行く臨也。
確かによく彼に向かって[趣味が悪い]という言葉を使う事はあるが、それを子供達がどういう風に使うのかなんて私に解るわけがない。
もしかしたら両親のコミュニケーションの一種だと思っているかもしれないし、言葉の意味を知り、心の底からそう思っているかもしれない。
「酷いなぁ。俺はこんなにも自分の趣味に忠実なだけなのに。妻にまで否定されたら俺は誰に信用して貰えばいいのかなぁ?」
『……何、その解りやすい挑発……』
「もっと君には俺の趣味について知っててもらおうと思ってさ。もう二度と[趣味が悪い]って言えないぐらいに、ね」
『あーあーあーあーっ!きーこーえーなーいーっ』
解り易すぎて返す言葉がない彼の発言に苦笑を浮かべながらそう言えば、悪い顔をしながら立ち上がってこちらへとやってこようとするので
逃げるように耳を塞ぎ、掃除機を片付け始めれば、何か言いたそうな顔をしながらも諦めて元の位置に戻ったようだ。
「子供じゃないんだから、もっと別の方法があったんじゃないの?」
『……追いかけてくると思った……』
「そこまで俺も暇じゃないし、大人二人が追いかけっこなんて、波江さんにでも見られたら立ち直れなくなりそうだからさ」
『そ、それは……確かに』
どんなつもりで私を捕まえようとしていたのかは解らないが、数秒程度は追いかけっこをする事にはなるだろう。
その間に波江さんが来て、しかも丁度捕まえようとしているシーンだったら―――その場面を想像して、苦笑する私と同じような顔で溜息を吐き出す臨也。
―――私も立ち直れなくなりそう……。
「まあそのうち解らせてあげるよ。しっかりとね」
『丁寧にお断りします』
「断るの?君が大好きな俺だよ?君の知らない俺の顔が見られるかもしれないよ?」
『…………』
「……その、うわーって顔は止めてくれるかな。地味に傷つくんだけど」
『臨也もやってるから問題ないよ』
仕事を再開したのか、キーボードのカチカチという音を響かせながら淡々と言葉を吐き出す臨也。
そんな彼に私も淡々と言葉を吐き出し、全力で引いた顔をすれば伝わったらしく、手を止めてそう言った。