折原家2
□秋の夜長
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<秋の夜長>
9月上旬 新宿 某マンション
愛子視点
『最近、部屋の空気が冷たくなったよね』
「まあもう9月だし、そろそろ涼しくなってもらわなきゃ困るけどねぇ」
子供達を送り出した後、私は掃除機をかけながら旦那に声をかけるといつもの彼の特等席で頬杖を付きながらそう言った。
8月の頃は暑くて暑くて堪らなくて―――いつになったら涼しくなるんだ、と文句を言いながらクーラーが効いた部屋にいたが、
9月に近付いてくると夜まで付けていたクーラーを消す回数が増え、今の時期になってくると朝と夜は付けなくても平然と過ごせるぐらいになっていた。
これが季節の移り変わりなのかと、何年も何十年も同じような繰り返しをしている筈なのに新鮮で―――初めて知ったような感覚になるのだから不思議だ。
―――冬になったら、夏が恋しくなるんだろうなぁ……。
人間は酷いもので、夏と言われる季節は[早く涼しくなれ]と言っていた筈が、冬と言う季節になると[早く暑くなれ]となかなか難しい事を言う。
まあ日本という四季がある場所だからこそ、こういった我儘な事が言えるのかもしれないが。
『ずーっとこのぐらいの季節だったらいいのにねー』
「……じゃあ、別の所にでも引っ越すかい?」
『それでもいいけど……臨也は嫌がりそうだからいいや』
「俺は別にどこでもいいんだよ?ただ、この東京の池袋や新宿が人が多くて面白い人間が多いから、っていう理由でここにいるんだしさ」
『門田さんや岸谷さんと離れたくないよーって素直に言えばいいのに』
「馬鹿な事を言わないでくれる?別にアイツらがいてもいなくても俺には関係ないし、あっちもそう思ってるんじゃない?」
汗も掻かず、寒くもない。
これぐらいの気温の方が気持ち的にも楽なので、冗談のつもりでそう言うと旦那も面白そうに乗ってきて―――
ちょっとだけ後に引けなくなり、適当な理由をつけて切り抜けようとすれば、彼らしい言葉を吐き出して私の逃げ道を塞いでいく。
だが、彼も案外二人の事を嫌っているわけではないのは知っているので、からかうように言えば、僅かに顔を歪め、[そう言われるのは不愉快だ]と言わんばかりだ。
『そうかなぁ。少なくても門田さんは……うーん……うーん……』
「……必死にフォローの言葉を探さなくてもいいよ。俺にはこれで丁度いいのさ。それに今は君達がいるから、そこまでここに執着はしてないかな」
例に旦那―――折原臨也と深い関わりがある二人の名前を出したが、
どちらも臨也がいた方がいい、と言ってくれる気がしなくて、それでもその事実を口にしたくなくて必死に考えたが、それすらも見破られていたらしい。
―――1人ぐらい……そういう人がいてもバチは当たらないと思うのになぁ……。
望んでいたとしても、心のどこかでは臨也がこの池袋や新宿にいて欲しいと思ってくれている人がいてほしい―――
そう思ってしまうのだが、彼が池袋でやって来た事を考えるとそれは難しい事なのかもしれない。
『……じゃあ、私達がいなかったら?』
「さあ?どうなってたんだろうねぇ。案外、醜くこの地に留まってるのかもしれないよ?」
『そういう言い方は良くないよ。臨也は池袋で過ごしてきたんでしょ?その思い出があるんだから……他人事みたいに言わないでよ』
まるで自分とは関係ない、とばかりの彼の言葉に私は悲しくなりながらそう言えば、臨也は鼻で笑うように、それでもほんの少しだけ笑うように[君だけだと思うよ]と一言呟いた。