折原家2
□女の影
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<女の影>
新宿 某マンション
愛子視点
「パパ、おかえりー!」
「おかえり、とーと!」
『おかえりー』
「ただいま」
変わらない日常を過ごし、この後もまた変わらない夜を過ごし、朝を迎えるのだろうと思っていたこの日。
旦那がいつも通りの表情で私達3人の前に現れ、いつも通りリビング兼事務所へと入っていく姿を後ろから追いかけていくような形で歩いて行くと
幽かにだが、いつもとは違う匂いがして―――ほんの少しだけ嫌な予感がした。
これが女の勘というものなのかは解らないが、それでも調べずにはいられず、彼に近付き、匂いを嗅ごうとしていると―――
「……何をやってるの?」
集中し過ぎたのか、かなり近くまで近づいて匂いを嗅いでいたのを不審に思ったのか、
苦い顔をしながら私を見つめる旦那の顔があり、匂いを嗅いでました、なんて言えるわけもないので何も言えなくなって笑いながら離れていく。
―――いつもと違う匂い……。
―――女の人が好きそうな……香水の匂い。
最近はしなくなっていた彼の纏っている匂いが気に入らなくて―――
『パパ、汗臭いからお風呂入ってきたら?』
そんな思ってもいない嘘を吐き出せば、外が暑かったせいもあるのか、自分が汗を掻いていた自覚もあるらしく、納得したようでそのまま浴室へと向かっていく。
「ねえ、ママ!パパ、ぜったいうわきだよねっ」
「うわき?何でー?」
「においしたよっ、へんなにおいっ!」
「したー?ぜんぜん分かんなかったよ?」
―――こういうのは歳は関係無いんだね……。
父親が浴室の扉を閉めたのと同時に子供達はなだれ込むかのように私の方へとやってきて、口々に[浮気]だと言い始め、
それでも息子は信用できないのか[とーと、うわきするの?]と疑問符を浮かべている。
だが、同じ女である娘は浮気だと信じているようで[さいばんになったらどうしたらいいのかな]なんて、既に今後について考えている様だ。
―――裁判なんて、気が早すぎるんじゃないかな……。
「あたし、もしりこんしたらママについていくからね!」
「ぼ、ぼくもママについてく!」
『あ、ありがとう……。でも、もし離婚したら今のような生活はできなくなるよ?』
父親―――折原臨也がここの家の大黒柱であり、稼ぎ頭なのでその彼がいなくなってしまえば今のように涼しい生活も、
欲しいものを欲しいと言えるような生活もできなくなってしまう。なので私よりも、臨也についていった方が子供達の為にはなるのだが―――
「いいよっ、ぼくがはたらいてママをらくさせてあげるから!」
「うわきするようなパパより、ママの方がなんばいもいいよっ!」
と言ってくれて、まだ決まってもいないのに泣きそうになってしまった。
まあそんな事はないと信じているのだが、それでもあの匂いが気になって―――
着替えを取りに行くついでに浴室に入って何か手がかりがないか調べようと意気込んで2階へと上がっていく。
―――私、何かしたかな……。
―――でも、気付かないうちに何かやってる事が溜まって、浮気に走るって言うし……。
―――理由が分からなさすぎてモヤモヤする……。
彼の着替えを持ち、ここからが正念場だと息を吐き出し、浴室に入り、脱いだ服やズボンなどを調べて行く。
―――……まあそうだとは思ったけどね……。
どこを探しても手掛かりになるようなものはなく、あってもどこかのレシートぐらいなもので、そこにはコーヒー1杯分の金額が書かれたものだった。