折原家2
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何度も言うが、彼と10年以上も一緒に暮らしているのだ。考えている事は解らないが、やろうとしている事は何となく解ってくる。
残念そうにしながらも彼は私の口から聞きたいのか、自分の耳を私の方へ持って来て[これで誰にも聞こえないだろう?]
と言ってくるので、言わなければいつまで経ってもあの手この手を使って聞いてくると思い、小さな声で言葉を吐き出すと―――
「君って何も知らなさそうに見えて、案外色々知ってるよねぇ。俺はもっと違う事を言われると思ったのに」
と僅かに感心した声を出し、そんな風に思っていたのかと自分の評価について考えてしまった。
確かに知らない事の方が多いと思うのだが、知りたくもなかった事、経験で見についてしまった事など色々あって―――綺麗なままの私でいたかった、というのが本音だ。
『……じゃあ臨也は何が過激だと思うの?』
「……そうだな。俺も口で言うのは恥ずかしいから―――耳、貸してよ」
『っ!?な、何……何するのっ!?』
話の流れのように聞きたかった事を口にすれば本当に恥ずかしがっているのか疑問なぐらい清々しい声で私を呼ぶので首を傾げながらも素直に耳を彼の方に持って行くと何を思ったのか、
耳に息を吹きかけ、いたずら小僧のように無邪気に笑っている。
「何って君の耳に息を吹きかけただけだけど?俺がこんな事をするなんて珍しいと思わない?」
『そっ、そうだけどっ、何か違うっ!』
「何か、って言われてもねぇ。じゃあ、君も俺の耳に息を吹きかけるといいんじゃない?」
『何でっ、意味解んないしっ!』
「今の行為に不満を抱いてるんだろう?それならその行為をやった人間である俺にやり返せばいい。そうじゃない?」
『そ、それは……っ、そうかもしれないけど、やり返したらその人と同じ人間になるような気がして……』
「深く考えすぎじゃない?君、少し耳に息を吹きかけただけでそんな事まで考えてるの?」
『別にいいでしょっ』
あれこれ考えてしまうのは私の性格なのだ。
傍から見たら[たったそれだけ]でも、人によってはそう言えない人間だっていると思う。良かれと思って動いた行動も、他の人からしてみたら迷惑かも知れないのだから。
「ねえ、俺の近くに戻ってこないのかい?折角のいい夫婦の日だよ?楽しまなきゃ」
『いい夫婦の日、って使えば何でも許されると思わないでほしい……』
驚いて彼との距離を数十センチ離れたのだが、それが気に食わないのか僅かに眉を顰めながら私を呼ぶが、あんな事はされたくないし、
体中が反応するかのようにくすぐったく感じてしまうので[もしかしたらするかもしれない]という人間にわざわざ近付くバカはいないと思う。
「そんなに警戒しないでよ。さっきの事については謝るからさ。話をしようよ」
『……話ならここでもできるし、わざわざ近付く意味解んないしっ』
「……嫌な事をされた猫みたいな反応だね。じゃあ俺が君の方に近付いてもいいかな」
『っ……勝手にすればっ』
こんなにもこんなにも私の傍に居たいと言ってくれる人間はもう二度と現れないかもしれない。
それぐらい臨也は私とくっついていたいようで、自然な動きでこちら側にやってくると彼の肩の一段下にある私の肩に頭を乗せ、[君からも何かしてよ]と甘えてきた。
―――何でこんなに可愛い事するんだろう……。
―――こんな事されたら許すしかなくなるじゃん……。
「……君の手つきって優しいよね。頭を撫でるっていう行為が何だか子供みたいに思えるよ」
『そうかな。丁度いい位置に頭があったから……こうしてほしいのかな、って思って』
結局臨也に甘い私は甘えてくる彼を振り払う事はせず、反対の手で頭を撫でれば気持ち良さそうに目を瞑っている姿が見えた。