折原家2
□おとまりかい
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<おとまりかい>
新宿 某マンション
愛子視点
「ねー、ママー?」
『?どうしたの?』
「しずおさんのおうちにおとまりしたい」
『!え、どういう事……?』
夏休みに入った二人の学校。
保育園とは違った[夏休みの宿題]というものがあるようで、毎日のように父親にどこかに連れて行け、とねだって結局未だに叶っていない。
折角の夏休みなのだから連れて行ってあげればいいのに―――と思いつつ、いつものように洗濯をしていると洗濯バサミで遊んでいた息子が私を呼び、娘が内容を話し出す。
突然の[おとまりしたい]という発言に驚きが隠せず、旦那のVネックを落としてしまった。また洗濯のし直しだ、と心の中で溜息を吐きつつ、[どうして?]と問いかける。
「まえねー、シズちゃんにおとまりしたい、って言ったらダメー、って言ったの」
「でもねー、またあそびたいっ、って言ったらいいよーっていったー!」
『えーと……お泊りしたい、って言って断られたのに静雄さんの家にお泊りしたいの?』
大体の内容は解った。
だが、一度駄目だ、と言われたのに、次は許可をする事なんてあるのだろうか。
不安に満ちた声で問いかけると二人は[だいじょーぶだもん!]と自信を持って答えるので、更に不安になった。
『じゃあ、静雄さんに聞いてみても良い?』
「いいよー!シズちゃん、いいよって言うもん!」
「しずおさんやさしーから、いいよって言ってくれるもんっ」
『はいはい、分かった分かった。ちょっと待ってね……』
―――ここに臨也がいなくて本当に良かった……。
二人が口にする名前は旦那―――折原臨也にとって禁句であり、それを口にした途端、子供達でも私でも容赦なく不機嫌になるので、
あまり口にしたくないのだが、二人はそんな事は関係無い、とばかりに彼の天敵―――平和島静雄さんの名前を平然と口に出す。
今仕事なのか、趣味の人間観察にでも行っているのか家を空けており、ここにいるのは私と子供達だけだ。
秘書である波江さんも今日は弟の用事、とか言って休みらしく、臨也が[本当、飽きないねぇ]と呆れたように口にしていた。
私は二人の言葉を確認すべく、洗濯かごはそのままに1階へと下りて携帯電話を取りに行き、その後ろを子供達が追いかけるようにしてついてくる。
『……あ、もしもし、静雄さん?ごめんね、仕事だった?』
[いや、今日は休みだ。んで、どうしたんだ?お前から電話なんて珍しいじゃねぇか]
『うん、まあ……。ええと……静雄さんって二人からお泊りしたい、って言われなかった?』
[お泊り……?……ああ、何か言ってたような、言ってなかったような……悪ぃ、あんま覚えてねぇ]
「シズちゃーんっ!ぼく、きょうシズちゃんのおうちにおとまりするー!」
「あたしもするーっ!」
[……愛子、どういう事だ?]
久しぶりに静雄さんに電話をする為、少しだけ名前を探すのに手間取った。だが、電話をすればすぐに彼は出てくれて少し眠たそうな声音で言葉を交わしていく。
その中で二人は早くお泊りしたいのか、私の横から大きな声で電話越しからでも聞こえる声を出し、自分達の意志を伝えると静雄さんは訳が分からない、と言わんばかりに尋ねてくる。
『静雄さんの家に泊まりたい、って聞かないんだよね……。前に一回お泊りしたい、って言ったら断られた、って言ってるんだけど……でも、今度は許してくれる、って……』
簡単に言えば二人の我儘なのだが、静雄さんは[別に構わねぇんだけどよ]と僅かに歯切れの悪い言葉を吐き出し、何か考えているようだ。