折原家
□温泉旅行
1ページ/19ページ
<温泉旅行>
11月上旬 新宿某マンション
愛子視点
『最近寒くなって来たねー』
「そうだねぇ。布団から出るのがキツくなる時期がまたやってきたんだと思うとそれだけで憂鬱な気分になるよねぇ」
『……確かに』
まだまだ温かいと思っていた11月上旬。
子供達はいつになったら雪が降るのか―――と笑顔で外を見ながら話していたが、私や彼にとっては起きたり動いたりするのが億劫な時期になりつつあった。
今日も気温がそれ程上がらず、保育園に行く時に分厚いコートのようなものを子供達に着させ、[暑くなったら脱いでいいからね]と言ったが、きちんと脱いだり着たりできているだろうか。
もうすぐ小学生になるのだからそれぐらいはできるのかもしれないが、
見てない所で言った事を守っているのかどうかなんて解らないので、不安になりつつ彼と共にゆっくりとした時間を過ごしている。
「ねえ、愛子」
『?』
「前に君が話した事覚えてる?」
『ええと……?臨也とたくさん話過ぎて何話したか覚えてないんだけど……』
「だから、温泉旅行に行きたい、って言ってたじゃないか」
『え?……ああ、うーん……言ったような、言ってないような……』
突然呼ばれたかと思えば、いつ話したのかさえ覚えてないぐらいの内容を[覚えてて当然だよね]と言わんばかりに話す彼。
首を傾げ、[いつ言ったっけ]と考えていると―――
「まあ別に、君が覚えていようと覚えてないだろうと関係無いんだけどさ。ほら、これ見てみなよ」
殆ど私が思い出す事なんて期待していないかのように淡々と新聞の中に入っていた一枚の広告を彼―――折原臨也は取り出し、私に見せてきた。
「一泊二日だけどさ、温泉とかバイキングがあるみたいだし、この時期ならそろそろ紅葉の季節じゃない?」
『紅葉かぁ……。イチョウとか紅葉が綺麗に色づいてきてるもんね』
そこには観光ツアーのようなものだが、自由時間も多く、温泉や旬の素材を使ったバイキングや苺狩りなどを売りにしているようで、お持ち帰りに摘んだ苺が貰えるらしい。
―――……凄く楽しそう……。
時々新聞を開いた時に見るのだが、中々言い出せず、何個か自分が[いいなぁ]と思っていた場所がなくなっていたり、毎年恒例のようにきちんと一面を飾っていたりと様々だ。
いつかは家族で行きたい―――と思っていたのだが、まさか臨也が私のいつ発したのか解らない言葉を律儀に覚え、こうやって誘ってくるのだから驚きだ。
「それに……混浴もあるみたいだし、家族でお風呂に入るのもいいかもしれないよ?」
『こ、混浴って……っ、……い、臨也は何で今誘ってきたの……?』
[混浴]という言葉に動揺する私。
別に臨也とは裸を見せあう仲なので今更混浴をした所で何かが変わるわけでもないのだが、やはり恥ずかしい―――という気持ちの方が大きく、今まで入る事が無かった。
「誘おうとは思ってたんだけどねぇ。俺も暇じゃないんだ。それに言う機会もなかったし、俺がいいって思う所もなかったから」
『えええ……目を付けてたの、いっぱいあったのに……』
「その時に言わない君が悪いんだよ。……まあ、言われても行けなかったかもしれないけどね」
彼の言葉を訳すと[暇になったから温泉旅行に行こうよ]という事らしい。
そんな簡単でいいのか、と思うのだが、確かにパソコンデスクの前に座っている事の方が多かったし、
彼の秘書である波江さんも[これが終わったら有給を貰うから]と文句を言いながらパソコンの前に座っていた気がする。