折原家
□家出した日
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―――臨也一人で大丈夫かな……。
―――喧嘩してないかな……。
早くも[家に帰った方がいいかもしれない]なんて思ったが、ここで帰ってしまったら家出した意味が無くなってしまう。
1日ぐらい何も言わず、連絡も取らずに家出してみたい。それにあっちが私の大切なものを壊したから悪いのだ。
その時の事を思い出し―――無性に腹が立って、手の平を握りしめる。
血が滲む、とは言うがそんなに握力の無い私には痕が残るぐらいの力しかなく、数秒もしない内に消えてしまうだろう。
お金もないし、今日泊まる場所も無い、だが家に帰るのが嫌で―――知り合いが多い池袋ならばどうにかなるかと思っていたが、そう簡単に上手くいく筈も無く、途方に暮れていると―――
「あれー愛子ちゃんじゃないか。もしかして臨也と子供達も一緒?」
白衣が印象的な―――臨也の昔からの友人。
そして、私も知らない仲でもないので振り返れば、いつでもどこでも白衣なのか、繁華街の中で白衣姿の男―――岸谷新羅さんが声をかけてきた。
『岸谷さん……!どうしてここに?』
「仕事の帰りでね。ちょっとコンビニで買い物して帰ろうかと思って。それにしても愛子ちゃんが池袋に居るなんて珍しいじゃないか」
『……ちょっと、臨也と喧嘩して……』
「君達夫婦でも喧嘩なんて面倒な事するんだねぇ。驚天動地(キョウテンドウチ)の極みだよ」
『あははは……』
確かに周りから見たら私と臨也は仲が良く、どうしてあんな人間の傍にいられるのか―――
とよく言われるが、実際には何となく一緒に居たくて、好きでくっついて―――それだけなのだ。
それを仲がいい、と言われたらそうかもしれないが、私達にとってはそれが当たり前なのでさほど驚く事もない。
しかし、岸谷さんは本当に驚いたような顔をした後に、興味津々な目をして[何が原因なの?]と核心を突いた言葉を吐き出す。
『…………』
「何か訳がありそうだね。……そうだ。ここにいるって事は行く場所も無くて彷徨ってたんだろう?それなら僕の家に来なよ。セルティもきっと君に逢いたがってると思うから」
『!……いいんですか?』
どう説明したらいいのか解らず、黙っていると岸谷さんは私の心境を察したのか、ポンと両手を叩き、一つの光に導いてくれた。
今日は温かいが、明日になったらどうなのか解らないので野宿をするのは気が引けたのだが、これで宿の心配は必要無さそうだ。
「セルティの友達は僕の友達だからね。それに、その友達が悩んでたら助けてあげるのがセルティだから」
『……そうですね』
目を細め、彼女の姿を思い浮かべたのかどこか幸せそうな顔をしており、私もあんな顔で臨也の事を話していたのかと思うと何だか恥ずかしい。
セルティさんはとても優しい。
何でも願いを叶えてくれる―――というわけでもないのだが、彼女は一生懸命私達の為に動こうとしてくれる。
事件があれば、真っ先に巻き込まれ大変な思いをしているのにも関わらず、それでも結局その人の為に動くのだ。
私も何度も助けられ、数え切れないぐらいの恩がある。しかし、彼女は[いいよいいよ。お礼なんて]と優しげな雰囲気でPDAに文字を綴ってくれた。
それが逆に申し訳なくて―――どうすれば彼女に恩返しができるのか考えたが、結局今になっても見つからず、こんな生活を続けている。