折原家

□折原臨也の日記
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「…………」

「そんな怖い顔しないで、ね!一回300円で輪投げができるんだ!お得だよ!やっていかない?」


振り返れば気の良さそうな女性が笑顔で俺に向かって話しかけ、強引に、そして図々しく自分の持ち場であろう輪投げができるという店へと連れて行かれた。

周りにはたくさんの人々が思い思いに輪投げを楽しんでいるようで、中には自分の子供達よりも小さいぐらいの年の子が母親に支えてもらいながら投げている姿は昔を思い出す。


―――筑紫と紫苑にもあんな時期があったんだねぇ。

―――……俺も年を取ったわけだ。


昔の事を自慢げに話す老人になるつもりはないが、やはり昔を懐かしく感じてしまうのは俺があの頃よりも数年も年を重ねてきたという事だろう。

数年の間、俺も愛子も何かが変わったのだろうか。それとも、何も変わってないのだろうか。

二人の子供達は立って歩き回れるようになった、片言だった言葉がしっかりと発音できるようになった。字が書けるようになった。


これだけがこの数年―――という年の中で二人ができるようになった事だ。それなのに、俺達は何ができるようになった?

急激に変化した環境についていけなくなった若者でもなく、ただ[時間]という時を消費し、[幸せ]という目に見えないものを感じる日々。

前の俺ならば耐えられずにこの[幸せ]というものを壊していたかもしれない。愛子が悲しそうに笑い、筑紫と紫苑は大泣きするかもしれない。


そんな想像して―――結局自分は何一つ捨てられないのだ、と理解する。


欲しいものは自分で手に入れ、そして飽きたら捨ててきた。

子育てという人間観察の延長線上のものであってもそれは変わらず、簡単に捨てられるものだと思っていた。

勿論生まれてきたのならば、適当に可愛がって適当に大きくなる姿を観察するつもりだった。我が子を見るその時まで。

大きなお腹をした愛子を見て、母親というものがどれだけ苦しんで子を産むのか、内心感心しつつもやはり自分の子供が生まれてくる事が心配で。


自分が[父親]になる。

正真正銘、愛子と[家族]になる。


それがどれだけ大変なのか、なんてその時の俺には想像も予想もしておらず、契約上での取引、程度の感覚で構えていた出産の日。

苦しそうにしている姿、必死になって我が子をこの世に生み出そうとする愛子を見て、ああ、こうやって自分も生まれて来たんだな、なんて場違いな事を考えていた。


二人の我が子。

女の子と男の子。

双子。


双子、なんて聞くと自分の妹の事を思い出すが、その時には全く顔も、そして影すらも浮かばず[頑張ったね]と今日から母親になった妻に声を掛けた。

退院する少し前―――俺は初めて我が子と対面した。理由は、まあ、[色々]と答えておくよ。生まれた時よりも少しだけふっくらした二人の我が子。

温かくて、ずしりとした重みが両手に感じ、ああ、これが赤ん坊なんだな、と理解する。


――『名前、考えてくれた?』

――「名前……?ああ、そうだったね。色々考えたんだけど女の子が筑紫で男の子が紫苑、なんてどうだい?」

――『筑紫と紫苑かぁ……。うん、凄く良いと思う』


仕事の合間、合間に考えたんだ。否定なんて許さないよ―――なんて、愛子には言わない。彼女は俺の言葉を否定できないから。まあ、そうさせないようにしたのは俺だけど。
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