折原家
□母の日
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「それで……どういうものがいいと思う?」
「私に聞かないで頂戴。愛子が欲しがるものなんて皆目見当もつかないわ」
「つれないなぁ、少しぐらいは考えてくれたっていいんじゃないの?」
そういう臨也は首を振りつつ、始めて波江に目線を向けた。彼女は小さな息を吐き出すと目線を臨也から上の階にある一つの部屋に向け、口を開く。
「嫌よ。それに助っ人ならいるじゃない。あそこに」
「……あの子達にはバレンタインの時にもお世話になってるし、今回は俺個人が愛子に渡したいんだ。……けど、俺には何を渡したらいいのか解らないんだよ」
「……それなら私に聞かないでくれる?自分で考えなさい」
波江はそう吐き捨てると、その話題はもう興味がないとばかりに彼の元から離れて行き、いつも通りの作業へと戻っていった。
「酷いなぁ波江さんは。……感謝の気持ちを込めるって言ってもねぇ……。何をプレゼントすれば感謝の気持ちって伝わるんだろうね」
独り言のように呟き、臨也は街の外を見つめていた。
薄着の涼しそうな女の子、暑苦しそうなスーツを着たサラリーマン、手でパタパタと仰ぎつつ話をする学生達―――
そんな人間達を眺めているとやっと着替え終わったのか、子供達が上の階から降りてきた。
「とーと!できたー!」
「えらいえらいしてー!」
「引っかからなかったの?偉いねぇ」
パソコンディスクまで走っていくとピョンピョンと跳ねるように父親に抱き付き、それを抱えるように足の上に座らせる臨也。
いつもなら頭の部分や手を引っかからせて両親に直してもらう双子だったが、今日は上手くできたようで臨也はニコリ、と優しげな笑みを浮かべて二人の頭を撫でる。
そんな親子を波江はいつも通りだ、とばかりに気にした様子はなく、どこまでも彼女は無表情であった。
「……お前達は母の日のプレゼント、決まってるのかい?」
臨也は双子を膝の上に乗せつつ、問いかけてみると双子はニヤリ、とでも口元を吊り上げているのかどこか何かを隠しているような表情で笑った。
「うんー!」
「ないしょー!」
自分よりも短い人生しか送っていない筈なのにどうしてこうも簡単に母親のプレゼントを決める事ができるのか、臨也には不思議で仕方がなかった。
―――長く居過ぎたからこそ解らない事もあるっていう事かな……。
もう7年近く双子の母親―――愛子は彼と一緒に住んでおり、その中でたくさんの贈り物をプレゼントしてきた。
誕生日、結婚記念日―――だが、母の日に何かをプレゼントした記憶はなく、その存在自体も[何かの記念日]とだけ覚えているだけだ。
子供達に言われ、その[何かの記念日]が[母の日]だという事を思い出したのも、だいぶ後になってからだった。
「とーとは、なにあげるのー?」
「……まだ決まってないんだよ。残念な事にね」
「なんでー?」
純粋な目で問いかける双子。
その目を見ていると決まっていない事がおかしく思えてしまう。臨也は苦笑しつつ、それを誤魔化すように二人の頭を優しく撫でる。