折原家
□母の日
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<母の日>
5月10日 臨也のマンション
視点なし
「とーと!とーと!ははのひー!」
「ママにぷれれんとするんだよ!」
保育園から帰ってきた双子の子供は、トテトテと小さな足で父親が座っているパソコンディスクまで近付いていき、キラキラとした目で言葉を吐き出した。
「母の日……?ああ、そうだったねぇ。もうそんな時期か。……っていうか、ママは?」
父親はキョロキョロと周りを見渡し、自分の妻が居ない事に気付いたのか、子供達に問いかけると双子の片割れは保育園の服を脱ぎつつ問いに答えた。
「ママ、おともだちとおはなししてるー!」
「二人だけで帰ってきたの……?」
「ううん。おうちのまえまでかえってきたー」
「それで、ママがおうちでまってなさい、っていうのー」
「……そう。ほら、早く服着替えてきな」
「「はーい!」」
自分に顔を見せてからでも良かったじゃないか―――と僅かな嫉妬と自分に顔を見せてくれなかった寂しさを心の中に秘めつつ、
子供達には笑顔で言葉を返す父親―――折原臨也は椅子に深く腰掛け頬杖をついた。窓の外は良く晴れた日差しが注いでおり、汗ばむような陽気だ。
「波江さん、もうすぐ母の日だって」
「……それがどうしたの」
窓の外を見つめつつ臨也は近くで作業をしていた女―――矢霧波江に独り言のように呟くと、彼女は訝しげな表情で彼の方には視線を向けずに問いかける。
「波江さんは母の日ってどういうものをプレゼントするの?」
「……それは私に喧嘩を売ってるのかしら」
「そういう意味じゃないさ。君なら母の日にどういうものをプレゼントするのかな、って思ってねぇ」
「特に思いつくものはないわね。……愛子にでもプレゼントしようっていうの?」
その問いに初めて波江は臨也の方を見つめ、彼もまた僅かに視線を彼女の方に向けたが、完全にはそちらに向いておらず、ただ単に目線をズラしたようにも見える。
「まあ……俺も彼女にはお世話になってるし、日ごろの感謝を込めるのが母の日だろう?だけど、何をプレゼントすればいいのか見当もつかないんだ」
「……貴方は母の日、母親にプレゼントした事はないの?」
「覚えてないよ。小さい時だっただろうし、今も滅多に会う事もないしねぇ」
自分の母親の事についてあまり話さない臨也。
どんな人でどんな姿をしているのか―――彼は両親の事を[普通の人]だというが、
それは臨也から見ての普通の人なのか、それとももっと別の―――波江はそう考えたが、彼の両親がどんな人であったとしても自分には関係ない。
自分は弟の事だけを考えていられればそれでいいのだ。いつまでも、いつまでも。
どれだけ歳月を経ようとも―――どれだけ弟と離れようとも自分の愛は永遠だ。想い続けるだけならば誰にも負けない。誰にも―――負けはしない。