折原家
□君への贈り物
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―――苦しいね、寂しいね……。
いつも臨也の仕事の邪魔にならないように遠くで遊んでいる二人。それにもどかしい気持ちにはなっていたが、私だって臨也の仕事の邪魔はできないのだ。
二人は震えながら涙を我慢しているが、限界に達したのか、私の服がベタベタになる程に涙を流し始めた。
わんわん泣き続ける双子に私も背中をさする事しかできず、部屋の中は双子の鳴き声だけが響き渡っている。
「……あんな男と遊べないぐらいで泣かなくてもいいでしょ。私が遊んであげるわ。それで文句ないでしょう?」
『波江さん、いいんですか?』
今まで臨也と一緒に無言で仕事を続けていた臨也の部下―――矢霧波江さんは小さく溜息を吐きつつ、作業を止めた。
「うるさくて仕事にならないもの。それぐらい貴女が気にする必要は無いわ」
『でも……』
「忙しい、と言っても私の仕事はもう終わらせたわ。後はアイツの残りの仕事、それだけが残ってるの」
『どうしてそんなに……』
以前の臨也ならすぐに終わらせ、自分の趣味に没頭しているのだが、結婚し、子供が生まれてからの臨也はそれ以上に働いているような気がする。
「さあ?私が知っているのは臨也が結婚する前以上に働いている、っていう事だけ」
波江さんの言葉を聞く限りでは、臨也は私が思っていたようにたくさん働いているようだ。
やはり、子供が生まれ、これからのお金に困らないように臨也なりに考え、仕事の量を増やしている―――という事だろうか。
「なみえぇ……」
「なみえしゃん……」
波江さんの言葉を聞いた二人は泣き顔をゆっくりと上げ、おずおずと彼女に近付いていく。
波江さんは何かするわけでもなく、二人の頭を撫で、優しいお姉さんのような雰囲気で笑いかけた。
「アイツなんて忘れてしまいなさい。いい父親なんて臨也にはできないんだから」
臨也の事をよく解っている波江さんは二人に暗示を掛けるかのように双子の目を見つめ、言葉を紡ぐ。それに反論したのは紫苑で、目に涙を溜めたまま口を開いた。
「でも、でもぉ……!とーとはやさしくていっぱいいっぱいあそんでくれるもん……っ」
「今日は遊んでくれなかったでしょう?大事な[父の日]なのに」
「そ、それは……とーとが……おしごと、だから……っ」
「おしごとのときは、おじゃましちゃだめなの……。ママもおじゃましちゃだめっていうし、ママもがまんしてるから……」
「ほら、どこが優しくて遊んでくれる父親なのかしら?愛子も我慢して貴女達も我慢してるわ。そんな辛い生活なんて忘れちゃいなさいよ」
―――波江さんは何が言いたいの?
そんな疑問が湧いたが、口に出す事ができず、三人のやり取りを僅かに離れた場所で聞いていた。
「い、いやっ!とーと……パパはパパだもん!パパじゃなきゃやだもん!パパとママとぼくと筑紫がいるのがいいっ!」
「あ、あたしも!なみえしゃんもいてくれなきゃやだけど、パパがいなきゃやっ!」
「…………」
小さな頭を懸命に振る双子に、波江さんは先程の優しいお姉さんの雰囲気はなく、いつもの無表情のままゆっくりと立ち上がった。
「……そう言うと思ったわ。貴女達はやっぱりアイツと愛子の子ね。頑固な所は母親にそっくりだわ」
大きな溜息を一つ付くと、臨也が置いていったお札を何枚か拾い上げると二人に均等に手渡した。
「これで二人が思うものを買ってきなさい。それをアイツに渡せば、臨也は喜ぶと思うわ」
「……とーとのひ?」
波江さんの言葉に紫苑は一つの単語を吐き出すと、無表情のまま自分がもと居た場所に腰を下ろした。
「そうよ。[父の日]なんだから父親に何かプレゼントをするのは当たり前でしょう?」
「あそんでもらうひじゃないの?」
「遊んでも疲れるだけじゃない。でもプレゼントなら疲れないわ」
「とーとにぷれれんと!ぷれれんと!」
「ぷれれんと!パパにぷれれんとあげる!あたしは、えーと……パパがよろこぶのさがすの!」
『ぷれれんと、じゃなくてプレゼントね』
双子のまだまだ舌足らずの言葉に先程まで沈んでいた心が楽になっていくのを感じ、それとは別に二人だけで大丈夫だろうか―――という不安が私を襲う。