Dream SS

□誘うその手が握るのは
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Short Story.02 誘うその手が握るのは



月明かりの下。時計塔の裾の大広場。
黄金色に染まった其処は、まるで別世界のようだ。

「では──」

レオンは片膝をつき、優しく彼女の手を取った。
その姿はとても殺し屋とは思えない、優雅で上品なものだった。

「私と、踊って頂けるかな?」

妖しく、でも優しく微笑む。
その表情に不思議と引き込まれてしまう。

「……」

気が付けば、自然と手を握り返していた。
レオンは立ち上がると、ふわりと彼女を包むように抱きしめる。

「今日だけの、とっておきの魔法だ」

言って少し離すと、手をそっと握られる。
心臓がトクン、と強く打たれた。

ランスはふと焦った。
自分がこういった踊りが初めてだという事を思い出したからだ。

「でも僕、踊った事ない……」

するとレオンはクス、と小さく笑う。

「問題ない。未経験の者と踊るのは初めてではないのでな」

良かった。と同時に妬いてしまう。

"未経験の者と踊るのは初めてじゃない"。
それはつまり、他の女性と踊った経験があると言う事。
少し、悔しい。気もする。


--*--*--*--


曲なんてどこからも流れていない。
でも不思議とワルツを思わせるような、心地良い動き。

ランスは社交ダンスなど踊った事はない。
寧ろ異性に手を握られるなんて、初対面のパンサー以来だ。

彼女は深夜の時計塔広場で、あの【殺人マシーン】とライラット中から恐れられる殺し屋、レオン・ポワルスキーと踊っている。
昼間なら確実に警察沙汰、いや軍を呼ばれるかも知れない。

でも今はそんな現実世界から此処だけ切り取られているような、そんな気分になる。

「本当にとっておきの魔法、だね」

ランスが言うと、レオンは言葉に耳を傾けた。

「僕はともかく、レオンは有名だから。外でこんな風に二人だけで踊れるなんて、夢にも思わなかったよ」
「私もお前と踊るなどとは思いもしなかった。だが、たまにはこういうのも悪くない」
「良かった。でも――」

彼女は少し憂うような表情になる。

「でも、何だ?」
「レオンはこうやって、他の女性(ひと)とも踊った事があるんだと思うと……嫌だなぁって」

レオンはじっとランスを見つめて、静かに問う。

「それは、嫉妬していると取って良いのか?」
「……少し、ほんの少しだけ」

嫉妬している。そうと言われればそうなのだが、聞こえがあまり良くないので、そこは否定したい。やきもちをやいている、くらいが丁度良い。

そんな風に思いながら頬を紅潮させる彼女を、レオンは静かに見つめる。

「お前にとって私は、どれだけ綺麗な存在として居るのだろうな」
「え?」

ワルツが止まる。

「私は……お前が思っている程、聖人ではない」

殺人や傷害は生業が故に当然。欺瞞(ぎまん)、破壊だってする。
お前が嫉妬する今まで私に関わってきた女達に対しても、良い思いは全くさせていない。寧ろ、傷付けてばかりなのだ。

そう、レオンは続けた。

「……」

分かっていた。
レオンが冷酷無比の殺し屋だと言われている時点で。
世間からモラルや良心など無い、まるで殺人をする為の機械のようだって揶揄されているレオン。本人はすっかりその事に慣れてしまっているけれど。

でも、そんな事はない。
仲間内では世話焼きな所があるのも。
何だかんだ言いながらも、みんなをしっかり見ている事も。
僕は知っているんだ。ずっと君を見ているから。

「……良いよ。聖人、いや善人じゃなくたって」

この世に聖人、善人なんて呼べるのはほんの一握りだ。
あとは一般人、それか悪人か極悪人。
レオンは、世間からすれば極悪人なのだろう。
でも、それでも。

「僕は、レオンだから好きなんだ」

きっと、分かってるよね。
最初は、お気に入りの存在だっただけなのに。
いつしかその一線を越えてしまっていた。

かけがえのない存在に。
近くにいると胸が高鳴って、心が躍ってしまう。
もっと近くにいたい。笑い合っていたいって。

──叶うなら、僕だけを見ていて欲しい、って。

「……そうか」

目を閉じて、しばらく黙っていたレオンが、微笑んだ。
そしてランスの頭の上にぽん、と手を置く。
その瞬間、高鳴っていた鼓動が更に早くなった気がした。

「貴様もとんだ物好きだな」
「レオン、あの──」

言いかけて、ランスは腰に手を回され、身体ごと引き寄せられる。
目前にレオンの瞳が大きく映る程に、距離が縮まった。
レオンは彼女の手をそっと握る。

「ずっと、この手を離すつもりはない。それでも良いか?」

その言葉に泣いてしまいそうだった。
しかしそれよりも嬉しさが勝って、感情が爆発しそうになる。
ぐっと堪えて、深呼吸。彼女は笑って答えた。

「うん。ずっと、ずっと離さないで。僕だけを見ていて」

月明かりが、優しく二人を包んでいた。
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