短編

□残恋
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アブラゼミよりもつくつくぼーしの声が目立つようになった、夏の終り。


少しずつ暑さが抜けてきてもよいころなのに、一行にその気配はない。



降谷はまた垂れてきた汗を拭った。

夕焼けのオレンジがもう校舎を縁取るだけになっている。



手のなかで茶色く汚れた白いはずの球を握ったり上へ投げたりする。


疲れた、暑い




そう思っても一人でグラウンドにいるのは、いつもグラウンドに来る女生徒を一目みるためだった。




スポーツバッグを肩から下げ、小柄な体を少し乗り出していつも野球部の練習をみて帰る彼女は、降谷のピッチングをくいいるように黙ってみているらしい。黒いひとまとめにした髪が時々彼女の首の後ろで揺れていたのを覚えている。


最初こそ落ち着かなかったその視線はいつしかなれたものになり、それ以上に気になった。
何故こちらをみているのか。
ほかの女子と騒ぐわけでもなくただそこにいる彼女に何か己と同じものを感じていたのかもしれない。


騒ぐ回りに溶け込めず、まるでぎこちないオルゴールのように前に進めない自分と。






と、そこで御幸が降谷のほうへかけてきた。
シャワーまで浴びているらしく、首回りのティーシャツが髪で点々と濡れている。




「まだやってんのか、明日試合なんだからよ、もう上がれ」




「…いえ」




もう少し




あんなにやりたくてはいったくせに、今は彼女のことしか頭にない。

それをごまかすように、降谷は白球を投げた。





「なあ、もしかしてお前待ってんの?」




どきり、



その言葉どおり、降谷は少し止まった。
それが逆に御幸に確信を持たせたようで、彼は苦笑した。



「アイツだろ、ほらポニーテールの」



どうしてと、御幸をみると、クラスが一緒なのだと返された。




「アイツさ、」




彼女のことをアイツ、とよぶ御幸が降谷は腹立たしかった。
どうしてなのかは分からないけれど。


「俺がピッチャーの降谷は野球してえけど推薦ねえから一般で地方から入ってきたんだっていったら、すげー興味もってな」



だからみに来てたんだ。



そこまでなにかに打ち込めるって凄いね、



この間すれちがい様に呟かれた言葉は己に対してだったらしい。



「アイツももっと本気になりたいって、留学するらしいぜ。確か今日の便で飛ぶっていってたから今日は此処へはこねぇよ」




どうするお前、人の人生かえたぜ




いい捨てて彼はまた寮へ戻っていった。



嗚呼、なんだろうこの喪失感は。
本来なら夢を追い出した彼女のことを喜ぶべきなのだろう。


でも胸がぎゅうぎゅうしめつけているのは、きっと切なくて悲しいからで。





降谷は空をあおぐ。
もう空は暗く、そこにあるはずの星は見えない。








きっと自分は、彼女が好きだった。






残恋
夏は恋を残していきました









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