中編&短編用

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後輩の家で療養すること、数日が経っていた。
今の所、蟲も騒ぎ出すこともなく、小康状態を保っている。
これも彼の献身的な介護のおかげだろうと、少し顔がニヤけた。


ペタリ、と自分の身体を触ってみた。

平均よりもやせ細った、骨と皮だけ(に見える)の自分。
体温も、通常のそれとは低いかもしれない。
青白くなり、醜く歪んだ皮膚。
顔の左頬を強く押してみても、鈍い反応しか脳に伝わらない。

目をつむる。

懐かしい顔を思い出す。
恋し憧れた彼女。彼女の子どもたち。間桐に引き取られたあの子。そして虐げられた女の子。

身中を這い回る蟲が、ズグリと痛みを発する。
才能はあっても、所詮、紛い物の魔術師。
せり上がる嘔吐感を飲み下してえづく。
そうだ、急拵えの魔術師はこうして死んでいく。
緩やかに、時に急激に。
徐々に削られていく生命が悲鳴をあげる。



「グッ……ゥウ、ぁ……ッ」



苦しくなってまた嘔吐感が喉をせり上がる。
吐く、と感じた瞬間、とっさに異物を飲み込む。
荒くなる呼吸音がうるさい。
目元ににじむ生理的な涙を拭えないまま、また襲いかかってくる嘔吐感を飲み下そうと身体になけなしの力を入れる。



「ッ……、ぁっ……ゥゥ……」

「無理しないでください、先輩」
「! え、ぅ?」
「吐いちゃった方が楽になりますよ」




いつの間に部屋に入ってきたのだろうか。
そういえば彼は足音を消すのが得意だったと再度思い返し、そっと背中を支えるように回された手の温度に安堵する。

それでも彼の提案はやすやすと賛成できなかった。
実はさきほど昼食をとったばかりなのだ。
せっかく後輩が自分の為に作ってくれた昼食を、よりによって本人の目の前で戻すだなんて。

わずかに首を横に振ると、伝わったのか心配そうに下げられていた眉がキュッと寄せられた。
いやだって、すでにすごい迷惑かけてるのにこれ以上かけてしまったら、もしかしたら見放されるかもしれない。
それだけは嫌だ。せめて彼にだけでも見放されたくはない。
なんだかすがりついていて格好悪い。けど、



「先輩。遠慮せず吐いてください。もしここで吐くのが嫌なら、トイレまで連れて行きますから」
「……そうして、もらえると……ありがたいかな……」
「じゃ、行きますよ」



そんなに背丈は変わらないはずなのに、軽く持ち上げられてしまう。
自分はこんなにも弱っているのか。
自覚はしてたけど、こんなに酷くなっているとは思わなかった。



「トイレつきましたよ。俺、外にでてますから。なにかあったら呼んでください」
「う、ん……ゥゥ……ぐ……っ」



さらにせり上がってくる吐き気は、トイレの扉の閉まる音で強まり、堪えていたものが切れた。
異物が喉を圧迫する感覚と得体の知れない寂寥感に、視界が滲んでいった。




ファウヌスの苦痛



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