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□誓い
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過去から未来に戻った後の話。
オリの中に一匹の鬼がいた。
じっとして動かずに、オリを隔てた向かいにいる女性の話を聞いていた。
「タイムパラドックスって知ってる?過去が変えられたせいで、あったはずの未来がなくなってしまう事。だから今回の事件は成功したらわたしたちがいる世界は終わりだったわけ。
別に否定しているわけじゃないのよ。
でも時間移動に加え過去改ざん未遂……それは変えようのない罪だわ」
目の前にいる女性が独り言のように呟く。
キッチリとシワ一つない軍服を身に纏い、まだ幼さの残る顔を悲しげに伏せた。
少し年上の彼女の階級は、驚くことに提督だった。けれどヒビキ提督とはまったく反対の思想を持つ人であった。
けれどいまの国の将来を憂い、行動している人物でもある。
普段の彼女は内に抱えた矛盾を臆面にも出さない人物で有名だった。柔軟な思考を持っていることでも有名であった。
「バダップ・スリード……君がチームオーガの中心となっていた事はわかっている。でもね、自分を犠牲にして捕まっても残りの十人の罪が消えるわけじゃないのよ」
「わかっています。ですが、彼らは必ずこの国を変えてくれるでしょう」
「……どうやって?」
「武力ではなく、サッカーを使って。国民に勇気を教えるのです」
「生半可な事ではないわよ。それに、ヒビキ以外にも反サッカー派はいる。くわえてあなたたちはまだ未熟。確固とした後ろ盾すらない。そして彼らには……貴方がいない」
「……なにを、」
言いたいんだろうか。自分の目の前にいる女性は。
訝しげに眉をよせると、女性はフワリと笑った。
安心させるような、母親のような笑みだった。
「連れ出してあげるわ」
格子の間から伸ばされた手は、手袋がなかった。
目の前にある微笑みや、白魚のような肌と繊細な指先は、彼女が提督という地位にいる軍人だとは微塵にも感じさせない。
袖口から覗く手首は細く、バダップが握って力を加えただけで折れてしまいそうだ。
「(……この細腕で、一個師団をまとめているのか……)」
手をとるかとらないかではなく、バダップの意識は別の方にいっていた。
3〜4歳しか変わらない年齢。性別の違い。体格の細さ。
それなのに軍の中でもトップクラスの実力を持っている。
だが彼女のような有能者がなぜ自分のような士官学生を?
まじまじと見つめていることに気づいているのか、笑みが深くなる。
「わたしの周りにはね、大人しかいないの。わたしの師団のみんなはサッカーは好きでやってるけどこれまた大人。……この国を変えるのなら、将来国を支える、未来ある子供たちにやってほしくてね」
「なら、自分以外の士官学生に……」
「あら、自信ないの?貴方のチームメイトたちは、キャプテンは貴方がいいと推薦してくれたのにね」
「え……」
「ほら、ついてくるの?こないの?」
誘うように彼女の手が動く。
バダップは胸に満ちる暖かい気持ちに視界を滲ませながら、錠のつけられた両手を伸ばした。
忠誠を誓いましょう貴女の手となり足となるために
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タイムパラドックスってそんなんだよね…?
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