Novel1

□傘をさした黒猫
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「どうせだ」と、臨也は思い立つ。
そして、傘を静雄へ差し出した。
離された傘を反射的に受け止めた静雄は、訳が解らず「は?」と疑問の声を上げる。
臨也は苦笑しながら言った。

「猫、濡らしたくないんでしょ?
傘が鬱陶しくなってきてたから丁度良かった」

そう言って、臨也は立ち去ろうとする。
――しかし、静雄は声を上げた。

「臨也!」

「なに?」

振り返ると、静雄が傘を持ったまま歩み寄ってきて、傘を突き返された。

「猫濡れちゃうでしょ、シズちゃん」

呆れた声で傘を押し返した臨也へ、静雄は不機嫌そうに目を細める。

「テメエが濡れるだろ」

「…え」

予想外。
静雄の言葉に、臨也は驚いた。
普段あれだけ喧嘩しているのに、相手が濡れる心配をするなんて。
やっぱり、何を考えているか解らない。

「シズちゃんが濡れちゃうよ?」

「もう濡れているから気にしねぇ」

雰囲気からして、いくらい言っても静雄は譲らなさそうだった。

仕方ない。
臨也は傘を受け取ると、空いた方の手を再び静雄へ差し出した。

「あ?」

訳が解らない、と言いたげに、静雄は声を上げる。
臨也は、「猫」と言うと、半ば無理矢理、静雄の腕から猫を取った。

「テメエ何するんだよ…」

威嚇じみた声音に、臨也は馬鹿にしたように笑う。

「食べたりするわけじゃないんだから。
…さ、早く、シズちゃん家に行くよ」

臨也はそういうと、猫を抱えたまま、静雄の家の方面へ歩き出した。
追いついてきた静雄は、早足な臨也の隣を普段の足取りで歩きながら、動揺を交えて問い掛ける。

「ノミ蟲、お前、なんで…」

「だってどうせ、傘差して行け、って言ったって、シズちゃん聞かなかったでしょ?」

臨也は悪戯に笑って、抱えた猫を見た。
硝子玉のようなくるりとしたコバルトブルーの無垢な瞳に、臨也が歪んで映る。

この子猫は、何も知らないのだ。
人間に捨てられたのだろう。
物同然の扱いで。
可哀想に。
捨てるのが人間なら、拾うのも人間なのだから。





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