Novel1

□※二律背反同盟
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臨也は鏡の前で、首筋の瘡蓋を指でなぞった。

まるで大きな蛇に噛まれたような、4つの小さな傷跡が首にある。
でも、これをつけてきたのは、蛇なんかではない。況してや、爬虫類でもない。
哺乳類と言うのは、生物学上認めるが、個人的には人間とは認めたくない。

「やっぱり、噛み付くなんて人間じゃないよ、シズちゃん」


この傷を付けられて1週間ほど経つ。
だが、今でも時々、ずくり、と鈍い痛みを催す。
「俺がいるから、お前は孤独じゃない」
そう言っているというよりは、
「テメエがどんなに孤独であろうと、埋めあいでしかない」
と言っている気がする。
尤もその方が、理屈と言うよりは事実に近い。


今も鈍痛がする。
しかし臨也は、あえてそんなときに池袋へ出向いた。
まだ痛いんだけど、
まず噛み付くとか、我慢のきかない犬だよ、
と、傷を見せて罵ってやるために。



流石万有引力、とでも言うのであろう。
静雄は上司と取り立てに出向いているわけでなく、ただ暇潰しに町をフラフラしていた。
上司の彼がいると、静雄は彼の言うことを聞く場合が多いため、あまり都合が良くない。
わざわざ罵るために池袋に来ただけなのに、上司のいないときに遭遇するなんて。


「シーズちゃん」

臨也は後ろからわざとらしいほどの明るい声で呼んだ。
静雄は進めていた歩をぴたりと止めて、振り返る。

「臨也…テメエ何しに来た…」

「俺はシズちゃんに文句を言いに来ただけだよ」

にやり、と臨也はいつもの不敵な笑みを零した。
眉根を思い切り寄せ、嫌悪の表情をした静雄へ、
臨也は着ている上着のフードを邪魔にならないように下げ、瘡蓋のある首筋を見せた。

「この前シズちゃんが俺に熱烈なキスをしてくれた痕だよ、判る?」

ふざけていった臨也は、相手の表情を窺いながらニヤリと笑った。
噛み付いた当の本人の静雄はといえば、忘れてた、とでも言うように、「ああ」と返してきた。

「俺はとっくの昔に消えてたけどな」

「当たり前でしょ?キスマークと噛み付かれて出血した痕なんて、どっちが先に消えるかなんか誰でも分かるよ」

静雄の表情が歪んだ。
臨也は状況を楽しみながら、静雄にふざけて問い掛けた。

「シズちゃんが寂しくないように、俺も噛んであげようか?動脈辺りとか」

本当にしてみたいものだ。
実際は噛み付くよりもナイフの方が効率的だから、許可が下るならナイフで切り裂くが。

「いいけどよ、
それより先に、ノミ蟲の顔面を好きなだけ殴らせろ」

「そうか、残念だよ。シズちゃんはそんなに殺されたいのか」

笑っているのか起こっているのか分からない表情で言った静雄に、臨也は更に挑発するようにそう言った。

苛々が最高潮になったら人込みに逃げる。
シズちゃんは暴力は振るう。
けど、女子供には余程でなければ手を出さない。
相手が弱かろうと、強かろうと。
だから、女子高生が幾人も流れているこの道で、この時間帯に待ち伏せていたのだ。



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