Novel1

□言葉にナイフ 心にガラス
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「いぃざぁやぁああ!!」

耳の痛くなるような怒声に、臨也はナイフを片手に持ったまま街中を駆け抜ける。
見て見ぬふりをする人間。
畏怖と好奇を滲ませる人間。
その人混みに紛れながら、臨也は人通りの少ない通りへ入る。
しかし、後ろから追いかけてくる静雄はそれを見逃さず、
自転車を掲げながらその通りへ入った。


静雄と臨也は犬猿の仲だ。
その仲の悪さは誰がどうにか出来るレベルではなく、どちらかがどうにか出来るレベルでもない。
臨也が池袋を訪れる度に、巻き込まれれば命の保証はない、という喧嘩を繰り広げる。
馬鹿みたいに罵り合い――
最終的には口下手な静雄は怒鳴りながら臨也を追いかけ、
臨也はひたすら気を逆撫でる言葉を吐きながら、逃げるように走り回るだけなのだけれど。


「シズちゃんさぁ、その腕力しかない戦法止めたら?
かっこ悪いよ、大の大人が口で敵わないからって」

「手前のせいだろうが!」

臨也は挑発しながら、腰まである目の前のフェンスに触れることなく軽々と飛び越える。
しかし静雄がそれごときで行き止まりを食らうわけもなく、
臨也とは違い、地面を蹴って跳び上がり、フェンスに片足を乗せると、自転車を担いだまま跳び降りた。
明らかに人間離れしたような静雄に驚くでもなく、臨也は更に駆ける。

――彼の拙いナイフのような言葉から、逃れるように。


臨也は情報屋だ。
元々話すことは苦手じゃなかったし、知っている言葉は少なくない。
言葉で相手の腹を探って弱いところを突くのも、仕事柄技量のうちだから。

でも静雄は、言葉を武器とする臨也とは真逆に、その人間離れした力が武器だ。
口下手で語彙も少なく、ただひたすらその驚異的な力を邁進させる。
――それだけなら、何も怖くないのに。

大嫌い

そんな幼稚園児だって言える言葉を、恐れている自分。
彼から発されるそんな単純な5文字は、どんなに捻った言葉よりも臨也の心を切り裂くのだ。

シズちゃんは、俺がどんなに罵ろうと、嘆こうと、愛を囁こうと――
傷つけられることも、哀しくなることも無いのだろう。
なんて、不平等。

…でも、その不自由さに憧れて、不自由さに惚れたのかもしれない。


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