Novel3

□小指まで愛するように、
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チャイムの音に、臨也は扉を開ける。
いつもの、否いつもよりも素っ気ない静雄が目を逸らして、よぉ、と小さく言った。

「暑いでしょ、中入る?」

臨也が尋ねれば、静雄は躊躇った後に頷いた。
そうして、リビングまで続く廊下を歩いているとき。

「…あのよ、」

静雄が唐突に口を開いた。
早い。早いよシズちゃん。
やだ。別れたくない。


「シズちゃん、別れよう」


でもね、やっぱり、シズちゃんに愛されないなら、隣にはいられないよ。
だって無理矢理いたところで俺は幸せじゃないし、シズちゃんも幸せじゃない。俺よりも隣にいるべき、シズちゃんを幸せに出来る人がいるはず。
静雄は立ち止まる。臨也は静雄へ向き直り笑って見せた。
静雄の固まった顔。俺から言われるなんて思ってもみなかったんだろう、とキリキリ痛む胸に思いながら、臨也は笑顔を崩さずに再び口を開く。

「別れて、もういいよ」

――その瞬間。
静雄の腕が臨也を壁へ追い込んだ。
静雄の手に押し付けられた肩が痛い。最後に強姦でもするつもりか。
構わない、とすら思ってしまった自分に、自嘲の笑みが零れる。
静雄の頭が臨也の首筋に添えられる。噛み付かれるのを想像して、ぎゅうと目を閉じたのだけれど。

「何でだよ…」

静かな声が、臨也の耳元で響いた。え、と思わず声が漏れる。
静雄は、臨也を苛むでもなく馬鹿にするでもなく、まるで蚊の泣くような体格に似合わない声で続けた。

「手前とこれだけ一緒にいて、触れ合ってきて、どうやって嫌いになれって言うんだよ…」

どういう、こと?
胸が煩く暴れだす。予想もしなかった展開に、頭がついてこない。
だって、別れたいと、もう好きじゃないと、そんな言葉を覚悟していたのに。だから、せめて俺も同じ気持ちなのだと思ってもらいたかったのに。
なのに。
静雄の腕が、臨也を抱き締めた。強くて、ほんの少し身体が痛かった。
シズちゃん。そう小さく囁けば。

「嫌だ…別れたくねぇ……」

悲痛な声が、耳元で震えた。
その言葉は考えもしていなかったのに、胸にすとんと落ちる。
そうして、胸につっかえていたものが全て、涙になった。
静雄の肩に淡い色を残していく涙は、きっと今静雄が臨也の髪を濡らしている涙と同じ。

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