Novel3

□小指まで愛するように、
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「…最近、連絡してないじゃない」

波江のふとした言葉に、臨也は思わず固まった。
その通り、静雄に連絡を取らなくなった。
辛い。会いたい。触れたい。
でも、こうすればきっと自然消滅できる。彼も別れやすくなる。
それなら、こうした方がいいに決まってるのだ。

「波江さんはそうしてる理由も分からないくらい子供なのかな?」

作り上げた笑みと共にそう言えば、彼女は関心がないとでも言うように目を逸らした。

「何でもいいけど、それで仕事が遅れてるなら心外だわ」

「雇い主を否定しないでよ」

ケラケラと笑いながら言えば。
不意に携帯が鳴った。
そういえば四木さんが電話すると言っていた、と思い返し、名前の表示も見ないままに電話に出た。

「はい、折原です」

『もしもし』

…そうすれば、ここ3日聞いていなかった声が電話から響いた。
聞き間違えるものか。苦しさと共に甘くなった胸に、名前を見なかったことを後悔した。

「…何の用なの、シズちゃん」

臨也の声に静雄は僅かに間を置いて、それから口を開いた。

『どうしてるかと思って』

「……何それ、俺は元気だよ?仕事で忙しいけど」

どうしてるかって、何。
そう自嘲と共に言ってしまいそうになった自分がいて。
…けれど、こうして電話で声を聞けただけで嬉しい。彼から電話してくれただけで嬉しい。

『大変だな。っても、俺も今は昼飯中だけど』

「愛しのトムさんは?」

『何言ってんだ手前。トムさんと離れて電話してんだよ』

「へぇ、シズちゃんにもそんな良識あったんだね」

『何様だ手前は』

久しぶりにこんなに自然に会話した気がする。視界の端に見える波江の顔がしかめられるくらい、顔が綻んでいるようで。
ずっとこんな会話が続けばいいのに。そうしたら、こんな不安すぐに払拭されるのに。
…と、不意に静雄が言葉を切った。

「どうしたの?」

『あのよ……、あーっと…』

口ごもる静雄に、臨也は心配になりながら何なのかと尋ねる。けれど静雄は一向に本題に辿り着かない。仕舞いには電話だと言うのに無音になってしまう。
きっと、今日電話をかけてきた本当の目的はこれなのだろう。これを言えなくて今まで話が長引いたということか。
ただでさえ不安な心は、沈黙にすら煽られる。けれどどうしようもなくて、黙り込んでしまえば。

『明日』

ようやく、静雄が口を開いた。
楽しげではなく、真面目な、静かな声で。

『手前の家行くから居ろ』

どきりと胸が高鳴った。妙な緊張感と不安に苛まれながら、平静を装って臨也は問いかける。

「…何の用?」

『…すぐ終わる。じゃあ』

まるで逃げるかのように、静雄は電話を切った。
もう繋がっていない携帯をそのままに、臨也は動けなくなる。
覚悟を決めなければ。このままではいられない。それに、早い方がいいに決まっている。臨也にとってはもう早くなんかないけれど。

「はは…っ」

空笑いを溢す。波江は目を細めてファイルの棚に消えていった。
我が侭かな。
もうちょっとでいいから好きでいて欲しかった、なんてさ。



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