Novel3

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今日はどんなことを話そう。
臨也はそんなことを考えながら、静雄の家まで歩く。
昨日は他人からのスタートだったけれど、今日は他人じゃない。喧嘩友達からのスタート。だったら今日は何処まで行けるだろう。
落ち込むことはない、と小さく頷くと、臨也は静雄の住むアパートの階段を上った。
そうして昨日のようにチャイムを鳴らす。
出てきたら何て言おう。シズちゃん、そう呼んだら顔をしかめるかな。今日もバカ面だね、って、笑ってやればいいかな。
カチャ、と扉の開く音と共に、静雄が扉を開けた。

「やぁ、シズちゃん。今日もバカ面だね」

笑顔と共に考えた末のそんな言葉を吐いてやる。静雄の、会って早々失礼だな手前、と苛立たしげな言葉を待って。
…しかし。

「は…?」

驚きと苛立ちを交えた声が漏らされたのみ。思わず臨也まで固まった。
静雄はその表情を嫌悪と怒気に染めながら臨也を見下す。

「何のつもりだ手前、知らねぇ奴の家にいきなり訪ねてきた挙句悪口ってどんな神経してやがる、ああ?」

知らねぇ奴。
待って。どういうこと。

「な、に言ってるの、昨日会ったじゃん、シズちゃん」

声が震えそうになるのを抑えて、臨也は形作った笑みで言う。
しかし静雄は顔をしかめた。…まるで、昨日のように。

「だから、知らねぇって言ってるだろうが。何のつもりだ手前」

苦しくなった。意識が遠退くような鈍痛が頭に響く。目が重い。息ができない。視界が歪む。
目の前の静雄は、臨也の様子に焦ったように目を見開いた。
憶えていない。今までのことも、昨日のことすらも。

「!?、どうしたお前…っ」

「…っ、ばか、シズちゃんのばか…!」

堪えていたものが溢れたように、涙が零れた。
どうして忘れてしまうんだ。
取り戻すことも作り直すことも許さないとでも言うように。
焦りながらも状況が把握できず固まる静雄の前で、臨也はしゃがみこんで泣いた。
記憶があるなら頭を撫でてくれるのだろうけれど、黒髪は風に揺らされるだけだった。

静雄の記憶は、1日しかもたない。
仲良くなっても喧嘩をしても、次の日には他人に戻ってしまう。
理由は分からない。もしかしたら自分が原因だったのかもしれないし、そうでないかもしれない。
ただ、現実として目の前にあるのに違いはなくて。

…けれど、だからと静雄を好きでなくなれるはずがなかった。
ずっと傍にいて、たくさん話して、たくさん触れ合って、たくさん愛し合った恋人。
彼がその記憶を無くしてしまっていても、俺が持っている。
だから、シズちゃん。
君は独りじゃないから。シズちゃんが憶えていなくても、俺は君の恋人だから。
だから、どんなシズちゃんでも傍にいてあげる。
例え、1日だけの関係がいつまでも続くとしても。



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