Novel3

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「手前、誰だ?」

静雄がふざけているのだと思った。あまりにも信じがたい、有り得ない言葉だったから。
だから笑って、静雄の訝しげに歪められた顔をケタケタと笑ってやった。

「は?ちょっと、そんな見え透いた嘘つく必要無いだろ?エイプリルフールは4月1日だよ?」

「…何なんだよ、手前」

けれど、静雄はそう顔を歪ませて嫌悪を滲ませるだけ。
何なの、いつまでしらばくれるつもり、と唸ってやろうとした時だ。

「あ!臨也!」

部屋の奥から出てきたのは、静雄よりも関係は浅いが付き合いは長い新羅の姿で。
焦燥を滲ませる新羅に、静雄は臨也と新羅の顔を交互に見やり、一言。

「知り合いなのか?お前ら」

「…新羅、何これ」

お前の入れ知恵か、と言うように新羅を見るも、新羅すらも困った顔で首を横に振った。
どういうことだ。
臨也は信じられないまま、静雄を見上げた。



「セルティが外で歩いてる静雄に声かけたら初対面って反応されて、驚いて僕に見せに来たんだよ」

そう言った新羅に、その隣で肩を落とすセルティがこくりと頷いた。
どう信じろというのだ。こんな状況に直面して、はいそうですか、と受け入れられる人がいるなら見てみたい。
だって、俺とシズちゃんは。

「ねぇ、シズちゃん」

「?シズちゃんって何だよ手前、馴れ馴れしい」

「本当に分からないの?
俺達付き合ってるんだよ?」

…そう、俺とシズちゃんは恋人同士。それももう随分経つ。
昨日だって寝るまで電話してたのに。どうして1日の間にその記憶が全て無くなるのだ。

「知らねぇよ、手前なんか」

眉間に皺を寄せて呟かれた声に、言葉を失った。
嘘だ。こんなの信じたくない。
唇を噛んだ臨也に、静雄は決まりが悪そうに俯いた。
静雄本人も、誰が悪いと言い切れずにいるようで。自分が記憶を無くしているだなんて、そんなもの簡単に信じられるはずがない。
臨也は唇を結び直すと、後ろでこちらを見ていた新羅に向き直った。

「シズちゃんの記憶、戻ると思う?」

「…肯定はできないけど…戻る確率はあるよ」

臨也の意図を汲んだように、新羅は僅かに笑って臨也を見つめ返す。
無くなったのなら取り戻せばいい。取り戻せないなら作り直せばいい。
傍にいれば、いつかまた笑いあえるに決まっている。
まだ今の状況を全て受け入れられてはいないけれど、何もしないよりかはマシだ。
努力だとか愛情だとかいう言葉に甘えた感情だとしても。

「シズちゃん」

再び振り返り、静雄を見やる。複雑な表情を浮かべつつ警戒を見せる彼に、臨也は笑いかけた。

「また、喧嘩友達から始めよっか」

「喧嘩友達?」

「そう。喧嘩友達。」

その言葉に、静雄は顔をしかめながらも言った。

「上等だ」

と。
本当は泣きそうだった。
初めて会った頃に戻ってしまった距離。
けれど、着実に歩を進めればいいのだ。
シズちゃんが“シズちゃん”であるのなら、また俺を愛してくれると信じられるから。

それから、少しだけ話して、沢山怒鳴らせて、臨也は静雄の家を出た。



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