Novel3

□Willful Baby
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「あれ、平和島静雄じゃねぇか…!?」

雑踏にまみれた池袋の街に、ふとひとつの呟きが放たれた。
見るからに柄の悪そうな男の唇から紡がれた言葉は、その男の仲間であろう奴等の口々に伝染する。
その中でも体格のいいリーダー格であろう男が、楽しげな笑みを顔面に貼り付けてゆっくりと歩を進め始めた。
その先には、男達が口々に発した安穏そうな名前の主。

「よォ、平和島静雄」

「…あ?誰だお前ら」

バーテン服にサングラスという名前とは似つかわしくない出で立ちの彼を、その隣にいた青年まで巻き込んで男たちは取り囲む。青年は臆するかと思いきや、不機嫌そうに顔を歪めただけで。
静雄を取り囲んだチンピラの一人が、口を開いた。

「この間はウチの奴が世話になったな」

「何の話だ?悪ィけど覚えてねぇ。てか、今人と会ってんだから邪魔すんなよ」

しれっと言った静雄の言葉に、チンピラたちの額に青筋が浮かぶ。
静雄が殴った人間の顔など把握しているはずがない。静雄の隣で青年はナイフの柄を指でなぞりながら思う。

「だったら、殴られて思い出せよ!」

不意に声を荒げた男たちは、それを口火に静雄に一斉に殴りかかった。
…しかし。

「だから、臨也と会ってるのに邪魔すんじゃねえって言ってるだろうがぁあ!!」

轟音。そう例えるに相応しいほどの声が雑踏を切り裂いて響き。
次の時には、襲いかかってきた男たちは皆一様に地面に突っ伏していた。



「デートも何もあったもんじゃないねぇ」

臨也の呟きに、静雄は眉間に皺を寄せて彼を見やる。
そんな静雄を見つめ返しながら、臨也はふぅと小さく溜め息をついた。

臨也は、池袋の裏の人間に知らない奴はいない平和島静雄と付き合っている。
勿論、臨也も情報屋としてある程度名は知られているのだが、何せ静雄のように腕力で勝負するわけでは無いし情報屋という仕事故、別段一般人に絡まれることはない。

正直、静雄が不良に絡まれようが暴力団に狙われようが、臨也はさして問題に思っていない。静雄を心配するだけ取り越し苦労なのは、過去に痛いくらい身を持って思い知っている。
問題はそこではないのだ。

デートを邪魔される。
これである。

「いや、俺だって、シズちゃんが悪いんじゃないって分かってるよ?シズちゃんの馬鹿力が悪いんだよね?」

「充分俺が悪いって思ってるだろ…!」

唸るような声に、臨也はカラカラと笑う。
静雄が悪いとは思っていない。場の空気を考えず負け戦を挑んでくる奴等が悪い。それくらい分かっている。
けれど、素直に納得するには自分の性格がねじ曲がりすぎていて。
男同士。悪い意味で有名な二人。そんな立ち位置で、どう足掻けば波風立たない平穏なだけの1日が来ると言うのだ。

「ま、とりあえずそれは置いておいて、折角のデートなんだから」

ふと笑って見せれば、静雄は眉間に皺を寄せて頬を赤く染めると、小さくおうと返事をした。
こんな会話、互いの家でしか出来ないのだから、わざわざ喧嘩する必要なんてない。喧嘩も自分たちにとっては、仲違いの切欠になるものだけではないのだから。
静雄だって、喧嘩ばかりしたいはずがないだろうし。
分かってるけど。

「あ?どうした、暗い顔して」

「ううん、何にも」

ちょっとだけ、寂しい。



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