*※涙花心中
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足はもう痛い。けれどこの瞬間だけは、花魁らしくしていたい。
目の前の静雄が、静かに微笑んで腕を広げる。そうしてそのまま吸い込まれるように、静雄の胸の中に飛び込んだ。
ぎゅう、と強く抱きしめられる。少し痛くて、暖かくて。ああ、シズちゃんの腕だ、と安心する。
そのままぬくもりに取りつかれるように固く抱き合っていれば。
「……な、」
不意に静雄が何かを囁いた。何だろうと耳を澄まそうとすれば、更に強く臨也をかき抱いた静雄の唇からハッキリと紡がれた言葉。
「行くな…!」
「――え、」
胸が詰まる、切ない声。突然のことに返事もできない臨也に、静雄は絞り出すように胸の内を零した。
「…俺は、手前が好きだ。なのに、…そんな跡見せられて、平気な訳がねぇだろ…」
そんな跡、という言葉が、臨也の昨日の行為を示しているものだというのはすぐにわかった。
ドキドキと、鼓動が騒がしい。同じくらい、静雄の胸からも鼓動が早鐘を打つ音が聞こえる。
「でも俺には、手前を危険な目に遭わせるかもしれないことを知りながら逢瀬を重ねることしか出来ねぇ。他の奴に買われない為に身請けさせるだけの財力もねぇ。
…でも、手前は…臨也は、誰にも取られたくねぇ…!」
今まで痛いほどに望んできた言葉。願いすぎて幻でも見ているのかとすら思う。…けれど、幻ではない。今はっきりと、愛しい彼から紡がれた言葉。
…でも、なんで今更。彼との将来を諦めて、他の幸せに身を投じる決意もしたのに。
「じゃあ、抱いてよ。今。」
「――は、?」
静雄と視線が重なる。驚きを孕んだその顔に、臨也は微笑んだ。
「道中を終えた新造は、初めての客に身を委ねるんだよ」
だから、俺は今からシズちゃんのもの。
穏やかに囁いて、今度は臨也から強く抱きしめた。
道中を終えた、花魁として一人前と見られるようになった遊女は、そのまっさらな体を初めての客に捧げる。
俺にはもう、その清らかさも、破瓜の痛みも無いけれど。
…けれど、本当に愛しい人に抱かれる為に、今この僅かばかりの花魁道中を歩き切ったと思えば、呪いすらしたこの鳥籠の人生にも意味があったのだと思える気がした。
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