Novel2

□臆病者の恋煩い
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電話をしてから1週間。臨也は平和な毎日を送っていた。
仕事を邪魔されることもない、喧嘩もしない、ナイフを振るう必要もない、つまらないほどに穏健な日々を。
それもそのはず、事務所から殆ど外出せず、池袋など行かないままこの1週間を過ごしたのだから。
静雄は来ない。嫌いな喧嘩を、わざわざ振られた相手の家に来てまでするはずがない。大体、俺のことなど愛していなかったのだろうし。
――そう思えば、ズキリと痛みを起こした胸に、じわりと滲んだ視界。ぎゅうと瞼を閉ざせば、どうにか涙は止まった。

別れてしまえば、そのまま忘れられると思っていた。
確かに1週間も経てば、その手の温度も、声すらも記憶から薄れていく。
なのに忘れられないのは、彼を好きだという感情が強くなるばかりだから。
熱かった。冷たかった。優しかった。激しかった。言葉でしか形に出来ない記憶になれば、余計にそれに触れたくなる。
離れよう。そう決めたのは自分だと言うのに、余計に離れられないのだ。
バカらしい。この俺が、シズちゃんなんかのことでこんな目に遭わなければならないなんて。

…と。
不意に鳴り響いたチャイム。誰だろうと玄関にある姿をインターホンの画面越しに覗けば。
相手から此方は見えていないというのに、思わず後退った。

――何で、シズちゃんがここにいるの。

画面の向こうの静雄は、苛立ったように眉根に皺を寄せて扉を睨んでいた。
出たくない。会いたくない。鼓動が激しく跳ねて、ズキズキと痛い。
このまま、不在のふりをしていれば大丈夫だろうか――そう思うも、静雄がたったそれだけで引き下がるはずがなく。

ドアノブに手をかけたかと思えば、静雄はそれを力任せに引っ張りだした。玄関からメリメリと不吉な音が響きだし、臨也は思わず身を竦める。
会いたくない。でも、扉を壊されかねないし、壊されれば結局顔を突き合わせることになる。
臨也は、思い切ってドアに歩み寄って掌をつけた。ガタガタと震える扉に、胸まで震わせながら。

「何の用かな」

扉越しに声を張れば、扉の軋む音が止まった。代わりに激しさを増す鼓動は、このまま加速すれば静雄にも聞こえてしまうのではと思うほどで。
ぎゅうと唇を噛み締めて静雄の返事を待っていれば、案外静かな声が返ってきた。

「…開けろ」

「嫌だよ。シズちゃんに会いたくない」

「何でだよ」

「シズちゃんには関係ないだろ」

呟くように言えば、二人は沈黙した。しかしすぐに、静雄が再び扉を引っ張りだした。ガタガタギシギシと鳴く扉は、静雄を拒む脆い自分の心のようで。

「無理矢理開ければいいんだろ…っ」

「ッ、開けるからやめろ!!」

気がつけば、反射のように叫んでいた。
これ以上踏み込まないで欲しいのに。無理矢理抉じ開けないで欲しいのに。
ようやく止んだ扉の悲鳴に息を飲むと、臨也は鍵を開けてゆっくりと扉を開いた。
その隙間から見上げた先に、金色が揺らいだ瞬間。

「…っ!?」

臨也の身体は、玄関の壁に押さえ付けられていた。
紛れもなく、静雄によって。
暴れようにも手首は纏められ、壁に押し付けられる。蹴ってみても静雄はびくともせず、威力なんて微塵も感じられない。
抵抗する臨也に構わず、静雄は唐突に臨也のベルトを緩め始めた。
嫌だ。嫌だ。こんな形で身体を重ねるなんて。気持ちの通じていないセックスなんて、もう辛くてしたくない。

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