Novel2

□臆病者の恋煩い
2ページ/6ページ


身体を重ねた次の日だろうがお構い無しに、静雄と臨也は喧嘩をする。
こっちは腰が痛いと言うのに、と愚痴りたくもなるけれど、二人が付き合っていることなど周りは誰一人知らない。悟りようもないほど関係が変わらないのだから、仕方がないけれど。

「余所事考えてるんじゃねえ!!」

「っ!!」

怒鳴り声と共に投げつけられた看板。
紙一重で避けて、静雄が新たな武器を手にする隙など与えぬ速度で間合いを詰めると、いつものようにナイフを横凪ぎに振るった。
振るったはずだった。

――ずきん。胸に痛みが走る。静雄を目掛けて薙いだはずのナイフは、静雄が避ける余地など殆ど無かったと言うのに、掠めることもなく空を切る。
痛い。脳内の誰かが、静雄は斬りたくないと騒ぐ。まるで、罪歌の逆でも行くかのように。

…あの時、静雄に打ち勝つ方法として選んだ、好きになってもらう、という選択肢。
あの時は確かに、上手くいくと信じていた。
…けれど、今、自分の企てた計画に呑まれている自分がいる。
静雄が好きになってから、怖くなった。
静雄が怖いのではない。彼の死を恐れているのではない。
愛する者を傷つける自分が、傷つけて離れてしまう未来が、怖くて。

「もらった!」

傍にあった自転車を掴む静雄の声に意識を呼び戻され、力任せに振り回された自転車を間一髪で避けると、臨也は再び走り出した。
後ろから追いかけてくる静雄を撒こうと、必死で。

今まで散々喧嘩してきたじゃないか。嫌われる言葉を吐いてきたじゃないか。
…それなのに、感情の変化が邪魔をする。
キスをして、セックスをして、弱点を掴むつもりが掴まれて。
情けないにもほどがある。

静雄の姿が見えなくなり、臨也は荒い呼吸をしながら人混みを避けて壁にもたれかかった。

こんなことなら、素直に喧嘩していれば良かった。キスもセックスもしなければ良かった。
こんなにも不毛な片想いをするなんて。
リセットしてしまいたい。今までの関係も感情も全部。ゲームのようなリセットボタンがあれば、何も辛くないのに。
消し去ってしまいたい。



「終わりにしよう」

臨也の言葉に、受話器越しの静雄が止まった。その反応に苦しくなりながらもう一度、終わりにしよう、と呟く。
――もう、こうするしか無かった。滑稽な片想いのままでいるのは辛かった。
間違いなく、自分がしているのは逃げだ。自分から仕掛けた喧嘩を、戦況が不利だからと逃げ出す負け犬と同じ。
けれど、もういい。此処で終りだ。喧嘩という繋ぎ目も、恋人という関係と一緒に捨ててしまおう。

『手前、いきなり』

「もう嫌なんだよ。じゃあね」

受話器の向こうから、焦燥した声がしたけれど、耳を塞いで電話を切った。
だって、シズちゃん。
俺は君じゃないし、君も俺じゃない。俺はこんな関係は嫌なんだよ。
女々しいと言われても、自分勝手だと言われても、嘘はつけない。
君が好きだからだ。
だから君を断ち切るには、君という存在から縁を絶たなければいけないんだよ。

自分で決断したはずなのに、視界はぼやけて揺れた。



.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ