Novel2

□臆病者の恋煩い
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「シズちゃん、好き…なんだけど」

小さく呟くように言った言葉に、静雄は数秒の後に頷いた。
その頷きはどういうことだよ、こいつ。そう胸中で非難しながら、臨也は恥じらいながら俯いて見せる。

「その、さ…付き合って、くれるの…?」

ちらり、と静雄を見やれば、静雄は案外冷静な顔をしていた。ただ、思案しているのか、普段よりも目はきょろきょろとしていたけれど。
静雄は一度目を伏せると、それから真っ直ぐに臨也を見た。今までの射るような鋭いものとは違う瞳。
一瞬、胸がきゅうとした気がした。

「…手前がそうしてぇなら」

その言葉に、胸中でほくそ笑む。けれど、表向きは嬉しそうに顔を綻ばせて。
ああ、シズちゃんもこんなにチョロいのか。あまりにあっさりしていて拍子抜けではあるけれど、まぁ手こずるよりは数分マシだ。
…でも、これで計画の一歩は踏み出した。
本題はこれからなのだから。



そんなことも、もう幾分昔。
臨也は静雄のベッドの上で、溜め息を吐いていた。静雄は今、シャワーを浴びているため傍にはいない。
枕に顔を埋めれば嗅ぎ慣れた匂いがして、胸がぎゅうと締め付けられた。事後だというのにまた勃たせてしまいそうな自分が嫌で、臨也は仰向けになる。

彼と付き合うという計画を練ったのは、告白という実行に移るほんの一週間前。
静雄の弱味を握るには、何が近道だろうか。喧嘩で静雄を倒すにはどうしたらいいか。そう考えた時だった。
彼の弟を脅しても弱点など何も話してはくれないだろうし、況してや親なんかに問いかければ不審がられるだろう。
だとするならば、静雄の近くにいるだとか、親しくなるだとか、そんな手段しかない。
そうして思い付いたのが、“付き合う”という選択肢だった。
俺はシズちゃんなんて好きじゃない。確かに人間として気に食わないが、興味対象でないわけではないのだ。
だったら、シズちゃんが俺に弱味を見せるくらい好きになればいい。喧嘩で手を抜くくらい俺を大切に思えばいい。たったそれだけのことだ。
――そう考えた臨也は、静雄を手中に収めるために告白に至った。
初めは疑って断られるだろうと思っていたものの、静雄は意外にも臨也の演技をすんなりと受け入れたのだった。
これで、シズちゃんに俺を好きにさせれば。そう思っていた。
思っていたのに。

「あいつ、何でセックスなんてしてるんだか…」

ぽつりと呟く声は、昨日も隣で眺めた紫煙よりもすぐに消える。
――ミイラ取りがミイラになる、とは、正にこのことか。

シズちゃんが、好き、なんて。

意味が分からない。俺は首謀者で、傍観者として楽しむための準備として告白をしただけだ。好きだからではない。
…なのに。肝心の静雄から恋愛感情なんて見受けられないまま、気がつけば俺だけが彼に溺れていた。
きっとシズちゃんにとって、俺は性欲処理の人形。傍にいる相容れない人間。ストレスの吐き出し口。
それ以上は考えられない。自分の馬鹿さにほとほと呆れる。

はぁ、と何度目かの溜め息をついた時。

「ベッド、もっと寄れよ」

静雄の声が突然響き、臨也は肩を跳ねさせた。声のした方を見やれば、下着しか身に付けていないまま髪を拭く静雄がいて。
どきん、と跳ねた胸。仕方ないじゃないか。先刻まで臨也を犯していた逞しいほどの肉体がそこにあるのだから。
それを押し込めるように、分かったよ、とふてたように言ってベッドの端に寄ると、そっぽを向いた。
本当は、もっと触れたい。けれど、そんなことをすればこんな関係も絶たれてしまうかもしれないから。

二人で眠るシングルベッドは、何だか妙に広く思えた。



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