Novel2

□※恋人の憂鬱
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「――手前は、俺が好きなのか?」


「…え?」

唐突な言葉に、臨也は扉しかないと分かっていながら振り返った。
静雄は、静かな声で続ける。

「手前から連絡、来ねぇし…俺だけが好きなのか?…だったら中途半端に会うの止めて、振れよ」

独り善がりは嫌だ、と続けて呟かれた。
――それは、此方の台詞だ。
胸が苦しくて、同時に鼻の奥が痛くなって。

「だって…俺が誘わなきゃ、シズちゃんたまにしか電話くれないだろ…っ
俺は、もっと会いたい。別に喧嘩もセックスも嫌いじゃないけど、でももっと別のことがしたい。――恋人、みたいなことが、したい…
だって、そうじゃなきゃ…身体目当てで付き合われてるみたいで、辛い…」

辛いんだよ。シズちゃんの好きと言う優しい声すら信じられなくなるくらいに。
静雄は黙り込んだ。腰を据えた沈黙を破ることも出来ずに、臨也は滲んだ視界でぼんやりと足元を見詰める。
何も言わない静雄に、胸がきりきりと痛みを催す。


「…手前は、忙しい、から――」

不意に紡がれた言葉に、臨也はぱちりと瞬きをした。
――確かに、忙しくないと言えば嘘になる。…けど、それとどんな関係が?

「手前の仕事は変則的だからいつ暇になるかすら分からねぇし、忙しいときに会いたいだけで電話なんかしたら迷惑だろ。
俺は、いつだって会いてぇ。喧嘩でも、そうじゃなくても。でも、無闇に手前に会いに行けば迷惑だろ。俺が我慢すれば迷惑にならねぇなら、我慢する。
だから、時々しか会えねぇから…したくなるんだよ、仕方ないだろ……
しかも手前からも連絡無くなるし、もしかしたら…とか――」

苦し気な声だった。躊躇いながら、戸惑いながら。
こんなこと言えば、困るだろ。小さく笑いながら呟くように紡がれた言葉は、胸を締め付ける。

「でも、臨也が手繋ぎたいなら繋ぐし、キスしたいならキスもする。なにもしたくないなら何もしない」

「――何それ、シズちゃんは、俺の従者じゃないんだから、」

手を繋ぎたい。キスもしたい。隣同士で話すだけでも良い。

「従者じゃねぇ。臨也が嬉しければいいんだよ。
…俺は、臨也じゃないと嫌だ」

――愛されてるのかな。付き合うって、こういうことなのかな。

おずおずと扉を開ければ、辛苦を滲ませた表情で俯く静雄がいた。臨也が出てきたのに気がついて上げられた顔に、驚きが滲む。
その胸に、飛び込んだ。
わ、と小さく声を上げた静雄の胸は温かくて、緊張に高鳴っていた胸は安堵と同時また別の高鳴りに変わる。
その胸に頬を擦り寄せれば、胸がきゅうと苦しくなる優しい香りが鼻を擽った。

「…じゃあ、抱き締めてよ」

「――…」

涙声で呟けば、静雄の強い腕が臨也を包み込んだ。
――何を不安がる必要があったんだろう。こんなにも想ってくれていたのに。素直に尋ねれば良かったのに。

「電話なんか、いくらでもかけてよ。確かに、一日に何度も、とかは困るけどさ…
俺は、シズちゃんが、大好き…だから」

恥じらいを声にまで滲ませて囁けば静雄の腕に一瞬力が籠り、それから緩んだ。
片腕は腰に回したまま、もう片腕が臨也の顎を掴む。近づいた顔に、その瞳に、一際胸が高鳴って。

ちゅ、とほんの一秒足らず重なった唇。
でも、何よりも愛情を感じる口付け。

離れれば直ぐに再び強く抱きすくめられる。ほんの少し痛くはあったけれど、それが愛されている証だと思えば胸は蕩けるように熱くなった。
…セックスも嫌いじゃないけれど。
その体温に身を委ねながら、臨也はその腕の優しさに酔いしれた。




(こうしているだけでいいよ。
それだけで、付き合っているって心から思えるから。)

(だから次は、
愛し返すことに悩みたいんだ。)

END
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