Novel2

□何故。
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「もういいよ。ありがとう」

あまりに唐突に突きつけられた言葉。
吐息となって零れた驚嘆に、臨也は当たり前のごとく悪びれもしない。

「俺の遊びに付き合ってくれてありがと。何か、シズちゃんの知らない一面が見れた気がするよ。ちょっと楽しかった」

にこ、と愛嬌すら感じられる笑みを残した臨也は、じゃあね、とひらりと手を振って、歩いていった。


――いつも通りの日常が戻ってきた。
喧嘩して、昼食だけは一緒に食べて、睨み合って、憎み合って。
ただ、今までと変わらない日常だというのに、どこかぽっかりと穴が開いてしまった。
きっと、忘れてしまえばいいのだ。無かったことにすれば、自分も楽だろう。こんな虚無に佇むような孤独を味わうこともなくなるだろう。
――でも、忘れられないのだ。記憶から追いやろうと唇を噛み締めるたびに、胸は一層の痛みを引き連れて静雄を苛む。
忘れるには愛しくなりすぎた、本物の恋人同士のような日常。
はにかむ声も、幸せそうな笑顔も、一度だけ交わした唇も、…あの瞳も。
静雄には、深く刻まれすぎてしまった。

でも。
分かっている。自分が一般人より他人の感情を読む能力が鈍いことなど、17年も生きていれば自覚もする。――でも、そんな自分ですらひしひしと感じ取らざるを得ない事実。

臨也にとっては、自分なんかどうでもいいのだ。泣こうが恨もうが傷つこうが、元々喧嘩相手だった奴がどうなろうと、専ら関係ない。
そう、臨也は俺が好きじゃないだけ。
臨也が好きなのは、俺じゃないだけだ――。



「や、シズちゃん、暇そうだね」

ナイフを背に刺されながら言われた言葉に、静雄は無意識に禍々しい雰囲気をかもしながら振り返った。

「手前をぶっ殺すっていう用事が出来たから暇じゃなくなったな、ノミ蟲」

「何言ってるの、不可能と可能の見分けくらいつくようになりなよ。
…ていうか、何そのノミ蟲って。人を蟲扱いしないでくれない?」

爽やかな笑顔とともに紡がれた挑発的な台詞に、静雄の頭の中ではブチリという不吉な音が再生される。
ナイフを抜いて走り出した臨也を捕らえるべく、机を掲げると教室を走り出た。


いつも通りの日常。
愛情も何も無い、喧嘩と憎悪と自己嫌悪に塗れた日常。
――もう、偽の愛ですら差し伸べられることはない。

何故、俺じゃないと駄目だったのだ。もっと別の、どうでもない誰かにすれば良かったのに。
何故、忌み嫌う相手のままでいさせてくれなかったんだ。それこそが俺と臨也だったのに。

勘違いしてしまう。勘違いしてしまいたくなる。

――あんな瞳をするから。




(あんな、酷く切ない、愛おしげな瞳を。)

END
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