Novel2
□夕暮れ
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いつの間にか陸上部は終わっており、運動場から生徒は消えている。
二人きりで空になった運動場を見下ろしながら、臨也は詰まる呼吸を繰り返していた。
沈黙が煩わしい。何を話す気もないのなら、帰ればいいじゃないか。
大体、何で屋上に――
「そう言えば、臨也を見つけたから屋上来たんだよ」
まるで心を読まれたような言葉に、臨也の胸はどきりと音を立てた。
間違っても声が上擦ったりしないように、俯いたまま、そう、暇なんだね、と返す。静雄は、教室に忘れ物したんだよ、と低く唸った。
こんな時こそ饒舌な口は回ればいいのに、そうなんだ、と言葉を紡いだきり、声が詰まる。
その代わりに沈黙を破ったのは、口下手な静雄の声だった。
「そう言えば、最近喧嘩してねぇな」
どき、と跳ねた鼓動が胸を圧迫する。
だって、それはシズちゃんのせいだろ。喧嘩しないのも、俺が君を避けざるをえないのも。
「シズちゃんが彼女と楽しそうにしてるからね」
「…ああ」
僅かに照れたように漏らされた声は、凶器となって臨也の胸に傷を刻む。
君は化け物じゃ無かったのか。人に畏怖対象とされ、遠巻きにされてきた、孤高の怪物じゃ。
そんな君と渡り合えるたった独りの人間が、俺じゃなかったのだろうか。
「彼女なんて、シズちゃんらしくないね。全然、怒んなくなったし…」
「らしくないって何だよ。
――まぁ、怒んねぇのは…あいつのせいでもあるんだろうな」
そう言って笑った静雄の顔は、夕日の残光が宿ったように赤かった。
酷く、人間らしかった。自分だけが置いてきぼりを喰らっているような気がして、独り暗闇に取り残された気がして。
「…シズちゃん」
「あ?」
「俺も、好きな人いるんだよね」
臨也の唐突な言葉に、静雄はバッと振り向いた。その顔を見返すことも出来ないまま、臨也は藍色の空を見上げる。
誰だよ、と静雄の興味津々な言葉が返ってきて、秘密、と笑ってやった。
「でもよ…手前が一人を好きになるとか、考えられねぇな。人間が好きとか言っておいて」
心底新発見したように紡がれた言葉に、臨也の胸はチクリと痛んだ。
素直に受け入れられる言葉が虚しい。詮索して欲しいわけではないくせに。
「叶わないから、俺は目を背けてるんだよ。自由に会うことも、普通に隣同士で歩くことも、俺には辛いから」
「そう…なのか」
あ、動揺してる。横目に見た静雄は、臨也の言葉に俯いていた。
しかも、悪かった、なんて台詞までかけられて。自分が馬鹿みたくみっともなくて胸が苦しい。
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