Novel2

□エニグマ
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「ノミ蟲ィイ!!」

「ノミ蟲って、そんな名前じゃないよ、俺は!」

「ちょこまかしやがって、手前なんかノミ蟲で充分なんだよ!」

池袋には、そんな怒鳴り声が響き渡る。
堅気の震え上がる姿が想像出来るような、まるで閻魔の扉の軋む音のような声を背にする臨也は、まるでその声に怯む様子はない。

折原臨也。平和島静雄。二人は犬猿の仲という言葉では片付けられない、不倶戴天の仲だ。
互いが互いの棲家とする場所へ行っては言葉通りの鬼ごっこをする。
それが、二人の唯一の関係だった。


「今日こそは逃がさねぇ、ノミ蟲…!」

「物騒なこと言うものじゃないよ、平和島静雄くん?」

ナイフを片手でブラブラとさせながら言った臨也を威嚇するように、静雄は標識を片手に睨み見た。
臨也はそんな静雄を笑いながら口を開く。

「愛されないからって、意地になりすぎじゃないかい?」

「――は?」

一瞬、理解が追い付かなかった。
臨也はそんな静雄を置いて、切れ長な目を細めながらゆっくりと語る。
まるで、静雄の全てを把握しているかのように。

「生まれ持った能力だから仕方ないけどさ、だからって八つ当たりかい?
確かに俺は兼愛だけど、それは人間にだしね。
シズちゃんは人間として愛してやらない。それは分かってるんだろ?
だから、余計に苛立って、俺を追いかけて。
――いい加減にしなよ、子供じゃないんだからさ」

静雄は、見透かされている気分になった。
何一つ、口に出して彼に言ってやったことではない。なのにまるで違っていない。
全て、全て見透かされて、その唇から紡がれてしまうのではないか――そんな不安が胸を過る。
罵りに暗号化した文章を、心のままに平文化されたような気分になる。

「愛されたくても、愛してくれない。
愛し方が分からなければ、愛すこともできない。
…でも、愛して欲しいとも言えない。」

「黙れよ…」

何処まで見透かす気なんだ。
何処まで、何処まで。


「俺が、愛してあげようか」


唐突に紡がれた言葉に、静雄は目を見張った。
臨也は笑っている。でも、普段の苛立つ笑みとは少し違う気がする笑み。
何も言えないままでいる静雄へ、臨也は平然とした声で言った。

「人間としては愛してあげないよ?勿論、化物としてなんだけどね。
可哀想なシズちゃんのために、俺が君を愛してあげようか?
シズちゃんは俺なんか死ねばいいんだろうけど」

不覚なことに、ドキリとしてしまった。
でも。でも。

「分かったようなふりしやがって…、何様だ、手前は」

そう吐き捨てて、静雄は踵を返した。



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