Novel2

□生きたい理由であり、死にたい理由の人。
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「臨也!」

背後から響いた声に、驚いて振り返った。
そこにはやはり、走って此方に来る見慣れた彼の姿があった。不安とも怒りともつかない表情に、当たり前か、と申し訳ない気持ちになる。叱られても殴られても、今回ばかりは何も言えまい。

――しかし、静雄から伸ばされた腕は臨也を包み込んだ。
とくん、と跳ねた鼓動は、痛みを引き連れながらも甘く響いて、その腕を無闇に振りほどくことを阻む。
耳元に温かな吐息を感じて、きゅうと苦しくなり。
そして囁かれた声は、低く優しい声だった。

「手前は手前の好きなように生きていればそれでいいんだよ。
俺は、気ままにとらわれず生きてる手前を、勝手に好きでいるからよ…」

変なこと言ってごめんな。そう言って笑った静雄の笑顔は寂しげで。
抱きしめてくれる腕を返せないまま、臨也はぽつりと口を開いた。

「シズちゃん、俺は永遠じゃないんだよ?
もしかしたら俺だって明日死ぬかもしれない。誰かに殺されるかもしれないし、交通事故に遭うかもしれない。自殺だってするかもしれないんだよ?だから、だからさ…
そんなに俺に執着しないで……」

愛されれば愛されるほど、失ったときの虚無を想像して怖くなるのだ。
愛されれば愛し返したくなってしまう。そんな当たり前が、怖くて仕方が無い。

ひたすらに肩に頭を押し付けるだけしか出来ない。香る匂いには嗅ぎ慣れた紫煙は混ざっていないけれど、それは確かに胸を締め付けられる、優しい香りで。
求めずにはいられない自分。そんな自分が空しくて辛い。

――と、静雄が口を開いた。

「でも俺はまだ死んでねぇ。俺は臨也が好きなんだから愛させろ。
…少なくとも、手前は今俺が生きてる理由だ。」

――瞼が熱くなった。鼻の奥がつんとして、視界がじわりと滲む。堪えることもできなくて、頬に生暖かい温度が伝った。

「ばかシズちゃん…っ、もう知らないんだから…!
俺はシズちゃんの好意には応えてやらないんだからぁ…っ」

胸が苦しくて、切なくて。
――でも、離すこともできなくて。

「――それでいい」

そう言って微笑った静雄の優しさに、ただ溺れることしか出来ないのだ。
愛し返して、傷つくのが怖い臆病な自分。
――でも、愛して欲しい。好きなだけ俺を欲して、俺が愛し返すことなど不要に思えるほどに愛して欲しい。

思わず伸ばした腕で抱きしめ返した彼は温かくて、余計に涙が零れた。




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