Novel2

□生きたい理由であり、死にたい理由の人。
2ページ/6ページ


「相変わらず、暇そうだね」

真っ白な扉をゆっくりと開く。開いた窓から吹き込む麗らかな風が、扉と同じ白いカーテンをひらひらと揺らして、眩しく光を反射させている。
その光を受けて、一際眩い光を反射させる先へ、臨也は小さく微笑んだ。

「手前も暇そうだな」

「酷いな、シズちゃんに会いに来てあげてるのに」




ほんの3ヶ月前。それまでは池袋には怒声と轟音が響いていた。
勿論、喧嘩人形と名高い平和島静雄と、裏社会で名を馳せる折原臨也の戦争紛いの喧嘩騒ぎである。

「シズちゃんはしつこいな…また自販機なんか持ち出して、借金も膨らむ一方でしょ」

「手前が池袋に来ることが一番の原因なんだよ!」

低く唸るように吼えた静雄の手から、街中でよく目にする自動販売機が放たれる。
臨也は、あれ一つでどれほどの損失になるのだろう、なんて暢気なことを考えながら、ひらりとそれを逃げかわした。当て所を失った自販機は、轟音を立てて地面を跳ねる。

再び赤鬼も真っ青な鬼ごっこが始まり、池袋を走り回った。
…そのうちに、静雄を撒くために臨也は路地裏に入った。上手く影に隠れ、静雄が通り過ぎるのをやり過ごそうと立ち止まる。

――しかし数秒後、静雄の姿は現れず。

がうん、と激しい音とともに、人々のどよめきが臨也の耳に届いた。
何事かと路地裏から走り出た臨也の目に映ったのは、先刻投げられた上に落下して見るも無残な自販機と、先刻まで覇気を全身に漂わせて臨也を追っていた天敵の姿で。
名前を呼ぼうとしたものの、ヒュ、と空気の詰まる音だけが喉から空しく響く。
震えた足は歩み寄ることしかできず、しがみつくように触れた静雄の体温に安堵することもできないまま、固く閉ざされた瞼をじっと見つめていた。



「静雄の体は崩壊寸前だったんだ」

珍しく真剣な面持ちの新羅から紡がれたそんな言葉に、臨也は頷くこともできないまま新羅をじっと見つめた。

あの後病院に運ばれたものの、意識を取り戻した静雄は検査も受けないまま無理矢理に病院を抜け出してきた。しかし臨也伝いに事情を聞いた新羅がセルティに静雄を連れてきてもらい、半ば力ずくで検査したらしい。
――そして臨也は今、事の実状を聞かされている。

「静雄の怪力は、身体を酷使して使っていたんだよ。心臓に負担をかけてね。治りが早いのも、傷を負うごとに強くなっていっていたのも、そんな身体を守るためだったんだ」

理解したくない、聞くのが怖い。でも、聞かないままも怖い。
震えた唇は、どうにか詮索の言葉を紡ぎだす。

「どういう、こと?」

「静雄は暴れるごとに寿命を削っていたんだよ。それも限界が近づいてきている。これ以上暴れれば、いつ死んでしまうか分からない。――でも、喧嘩をしなくても然り。
少なくとも…臨也より静雄の方が50年以上先に寿命を終える確率は――」

言わずもがな――。新羅は苦しげに頷いた。

…嘘だ。
あの、横暴で自販機なんかを軽々と持ち上げて、ナイフで切りつけても痛がりもしないあいつが、死ぬ?
何かの悪い冗談なんじゃないのだろうか。新羅と静雄がグルになって俺を騙している、とか。

「このまま私の家に置いておくことも出来ないし、だからと家に帰せば喧嘩をして死に急ぎかねない。こんなのは静雄の身にしか起きないし、勿論治療法なんてない。
辛いけれど、静雄は――」

死ぬための場所に行くしかないね。
喉を詰まらせながら言った新羅の声に、臨也は呼吸すらも忘れた。


そんなことも3ヶ月前。
――そして、罪悪に苛まれる臨也へ、「手前が好きだ」と静雄が切なげな瞳で笑ったのも、3ヶ月前だ。
臨也は、色々な物に潰されそうになりながら、いいよ、と呟いた。
罪滅ぼしになるなら、傍に居ようと思った。――否、そもそも、断る理由など一つとして存在していなかったのだ。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ