Novel2

□SweeT Valentine's Day
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「もうすぐバレンタインだな」

帰り道。唐突に紡がれた言葉に、臨也は疚しいことがあるわけでもないのに、思わずギクリとした。
そうだね、と平然を装うも、僅かに上擦った声に気づいたのか、静雄は臨也を覗き込む。

「…何?」

「……何もねぇ」

だったら驚かせないでよ。
そう思いながら、臨也は静雄を追い抜かすように歩を早める。
しかし逆に、臨也のペースに合わせて歩く静雄にとっては歩きやすい速度になったのか、殆ど意味はなかった。
それでも意地を張って早歩きをしながら、驚かされた仕返しに、嫌がらせ紛いに口を開く。

「バレンタインデーは、チョコをあげる日じゃないんだよ?あんなのは製菓会社の策略なんだから。
バレンタインは、ローマで殉教したテルニーの主教聖バレンティヌスの記念日。
女が男に告白するのを許される日、っていうのはあるけど、チョコをあげるなんて風習は日本だけだよ」

臨也の必要なのかすら分からない知識に静雄は眉をひそめる。
それをちらりと見上げて、
今更ながら、もしかしたら、チョコが欲しい、という意味の言葉だったのかもしれない、と後悔した。
…先刻の流れだったら、「チョコ欲しいの?」とか、可愛く訊けただろうに。
何してるんだ、自分。

普段なら言葉を咀嚼する脳が働くくせに、焦ると全く意味を成さない。
そんな自分に嫌悪しながら静雄を見上げれば、静雄は僅かに拗ねたような顔をしていて。
…今更、チョコが欲しいか、なんて訊けないじゃないか。

結局、その日は無言のまま別れた。


しかし、臨也が悩んでいる間にも、時間は誰にも分け隔てなく進んでいく。
とうとう、2月14日、当日になってしまった。

悩んだ挙句、臨也の鞄の中にはチョコレート。勿論、手作り。
…妹どもがチョコを作ると言ったから、手伝って余ったものを持ってきただけ。それだけ。
自分に言い聞かせるようにそう唱えながら、臨也は校舎に入る。
…と。

「…おっす」

「あ、…おはよ」

入ってすぐ、下駄箱で静雄と遭遇した。
渡すチャンス。運良く、周りに人が見当たらない。
…でも恥ずかしさが先立って、声にならないまま。
言わないと、と思いつつ、下駄箱を開ければ。

ころり、と2つ、可愛いラッピングのチョコが転がり落ちてきた。

去年も、朝来た時に下駄箱からチョコが出てきたのを、すっかり忘れていた。
古典的な、本命チョコ。
添えられた手紙には、告白の言葉か呼び出しの言葉でも書かれているのだろう。臨也の信者の女の名前が書かれていて、容易に想像がつく。

そこで、はっとして静雄を見た。
此方を見る静雄の目は細められ妙に冷たく見えて、胸が、ずきり、と痛みを催す。
別に、自分が望んでもらっているわけでもない。
…なのに。


「当てつけかよ」


「…っ!」

違う。なのに、叫ぼうにも声が喉で詰まる。
そうしているうちに、下駄箱に人が来てしまい、静雄は臨也に一瞥もくれることはなく教室へ歩き去ってしまった。



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