Novel2

□ゆめ ゆめ
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――それから、今日まで。
時間にしたら、約1年。

臨也は、あの日以来、池袋から姿を消した。

臨也の自宅は、家賃は払われているものの、主人のいないまま。
事務所は、書類が置き去りのまま、彼も、彼が雇っていたらしい女もいない。
置き去りにされたナイフは、帰ってこない主人を待っている。


きっと、何処かで自由にしているのだ。
…そう信じることが、いっぱいいっぱいで。

――もし、
もしもあの時俺が、
好きだ、と返していれば、
お前は今も俺の近くに居たのだろうか。
すぐ隣で、綺麗な笑顔を浮かべていたのだろうか。

それはもう、知り得ない。
どんなに望んでも、手に入らない。


いつまでも、いつまでも、
臨也は夢の中で眩しく笑い続ける。
優しい、切ない笑顔なのに、まるで静雄を苛むように、笑い続ける。
夢の中ですら、臨也は静雄の隣にはいない。
どんなに手を伸ばしても届きはしないのだ。

未だに、彼が好きだったのか分からない。
でも確かに、未だに心に巣食っている彼の存在は、消し去れるものでは無くて。



その姿を探し求めるかのように、久しぶりに事務所を訪れた。
確か前に来たのは、3ヶ月ほど前だったか。
ずらりと並んだ棚には、所狭しとファイルが詰め込まれている。
年期の入ったものから、新しいものまで。
でも全てが、1年前の日付で時を止めていた。
棚にも、机にも、うっすらと埃が積もっている。

…ふと、その机の上、真新しい紙切れがあるのに気がついた。
真新しい、と言っても机に比べて埃が積もっていないだけの、何処かの切れ端のような紙。
確か、3ヵ月前に来たときには無かったはずだ。

ボールペンで走り書きしただけのような紙切れを手に取り、
指についた埃を払いながら、紙に対して少なく感じる、ほんの短い文面に目を通した。

『馬鹿シズちゃん』

ともすれば、嫌味にしか見えないような言葉。

なのに、いてもたっても居られなくて、閉めきられたカーテンを開けた。
勿論、そこに臨也らしき姿は無い。
ここに臨也が訪れたのは確かなのだろうが、既に時間は経っているのだろう。

その小さな紙切れを握り締めると、ボールペンで書かれた字はくしゃりと歪んだ。
まるで、静雄の胸中を表すかのように。

「馬鹿は手前だろ…」

あっても無くても変わらないものばっかり、置いていきやがって。
こんな挑発するような台詞も、
毎日のように俺に傷を刻んだナイフも、
手前がいなきゃ何の意味もないのに。


会いたい。
会いたくて、たまらない。
1年前と同じように、喧嘩で良いから、あいつの顔を見たい。

夢の中の笑顔を追いかけるだけだなんて、虚しいこと他ならない。


戻ってきたら、殴ってやる。
怒ったって、泣いたって許してやらない。
それで、

今度こそ、あの日の答えをくれてやる、から。






END

…?
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