*うた こい

□『気持ちだけは一杯な言葉。』
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ヘマをした。恨まれてる奴等に気を配るのを忘れるなんて。
臨也は、殴られ蹴られ、朦朧としだした意識の中で思う。
恨まれるのも仕方ないか。色々操って、ヤクザまで巻き込むまで好奇心で発展させたのは自分なのだから。

「綺麗な顔崩されたくなかったら、早く土下座して謝れよ!」

「…っ、はぁ?誰が…っぐ!」

腕を後ろ手に縛られたまま腹部を蹴り上げられ、防ぐことも出来ず痩身が跳ね上がった。
こんな奴等に頭を下げるなど、屈辱的にも程がある。絶対に嫌だ。
…ああ、でも痛い。もし今気を失ったら、この後どうなるのだろう。指を落とされるとか?否、それは古いか。じゃあ、何処かに売られるとか?…それは考えすぎな気がする。

…そんな時だった。


「何してやがる」

唐突に聞こえた声。そこにいた皆が声の方へ視線を向ける。
――そこには、見慣れた奴が立っていた。今日も何かしら喧嘩をした、怪力だけが取り柄のような奴。

「シズちゃん、かよ…」

声を聞き付けた彼の目が、臨也を捉えた。
どうせ助けてくれないのだ。喧嘩相手なんか助けても、得なんて何もない。せいぜい、あてにならない貸しが出来るくらい。
早く何処かに行けば良いだろ。喧嘩相手の惨めな姿を見て楽しむような奴じゃないくせに。
そんなことを思っていれば。

静雄は、此方に歩んできた。
勿論、見た目は何処にでもいる学生の静雄を、ヤクザが見て恐れるはずがない。

「お友だちかよ?」

「っかは……」

胸部をぐりぐりと踏まれ、臨也は痛みに息を震わす。
静雄に歩み寄るヤクザの一人は、静雄を馬鹿にしたように覗き込んだ。

「友情だけで助けられるほど、世間は甘くないよぉ?」

猫撫で声で言ったヤクザは――
次の瞬間には、数メートル離れた壁に、叩きつけられていた。

数秒の沈黙の後、臨也を踏みつけていた残りのヤクザたちは緊張に顔を歪ませる。
そんな姿を射抜くような目で睨んだ静雄は、走り出し間合いを詰めると残りの逃げ惑うヤクザをいとも容易く倒していった。まるでドミノのように、次々と4人のヤクザが倒れ伏し。
ものの数秒で、立っているのは無傷に等しい静雄だけになった。

静雄は、倒れている臨也に歩み寄ると、縛られた腕をほどきだす。
静雄に助けられた。それが何より屈辱的で、臨也は静雄を睨み付けた。
助けて何をしようと言うのだ。自業自得だ、と嘲笑いたいのか。
…しかし、静雄の顔には侮辱の色が無いばかりか、何処か心配そうにすら見えた。

「馬鹿だろ、手前。気を付けろよ」

「はぁ?煩いな…俺の勝手だろ」

それこそ居たたまれない気持ちになりながら、臨也は解かれた手を確かめるように動かし、上半身を起こした。手首はきつく紐で縛られていたせいか赤い跡が残っており、指先は青白い。
…何なんだ、こいつは。そう思い、罵りの言葉の一つも浴びさせてやろうと口を開いた時だった。

大きな手が、臨也の頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
どきん、と高鳴った胸は、緊張だったのか驚きだったのか、また他の感情だったのか、それは分からない。
…けれど確かに、“喧嘩相手”という関係を越えた感情を抱いたのは、この時だった。


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